IS バニシングトルーパー 046
stage-46 戦闘終了、そして……
「W17」というコードネームを与えられている兵士――ラミア・ラヴレスは、今まで自分の存在に疑念を感じることはなかった。
授けられた任務を忠実に実行して、報告する。そして新たな任務に就き、現場へ赴く。
自分にはそれを完璧にこなせるだけの能力が、与えられている。
しかし彼女は今、これまで感じたことのない無力感に蝕まれている。
その原因は、今目の前にいて、自分を攻撃してくるピンク色髪の女性である。
「この程度か!!」
「くっ……!」
鋭い目付きをしているその女性の静かな叫びと共に、猛烈な衝撃はラミアの体を貫く。受けた痛みに僅かに顔を歪めながらもレイピアで反撃するが、あっさり読まれてかわされた。
そして僅かに晒したその隙に、懐から金属機械が作動する音が届く。
脇を取った交戦相手――リン・マオという女性が突きつけてきたマグナ・ビームライフルの銃口だった。
「貰った……!!」
迷わずに容赦なく、リンはラミアの腹部目掛けてトリガーを絞った。
ライフルのバレルによって加速された粒子ビームの零距離からの直撃で、ラミアの体が大きく揺れる。
それでも脳まで響く衝撃に構わず、ラミアは左腕のシールドにある銃口を向けて反撃する。
「そんなもの!」
いち早く反応したリンはキックでその腕を蹴り上げて、さらにロシュセイバーを振り下ろして切りつけて、足裏を叩きつける。
「くうっ!?」
攻撃が次々と捌かれ、圧倒される一方の現実に、ラミアの顔に焦りの色が滲み出る。
体術も武器も、この女には特別なものを何も使っていない。計算上でも接近戦においてアンジュルグが有利のはずだ。
なのに、なぜこうもう一方的な戦いになっている?
「分からんか。私に勝てない理由」
冷静な表情を崩さず、リンはまるでラミアの考えを見透したかのように話しかける。
戦闘開始してから今まで、リンのヒュッケバインはノーダメージ状態を保ち続けている。
マグナ・ビームライフルとロシュセイバーだけで、リンはラミアとの接近戦でずっと優位に立っていた。
「……アンジュルグ、フルドライブ」
機体のエンジン出力を上げて、ラミアは無言にレイピアを縦に構えた。
それは、クリスのビルトシュバインを仕留めた時に使った攻撃パターン「ミラージュ・サイン」と同じ構えである。
相手の言葉に惑わされてはいけない。
彼女はそう刷り込まれている。
「これを、見極められるか!」
天使の翼のようなスラスターウィングを全開にして、アンジュルグは技名通りの幻影となり、一瞬でヒュッケバインの背後を取ってレイピアで突き刺す。
アンジュルグのスピードを生かした高速の連続斬撃、簡単にはかわせん。
細身ながらも破壊力抜群のレイピア状非自体剣「ミラージュ・ソード」が、リンの背中へ襲い掛かる。
だが、リンはまったく動揺する様子を見せずに、腕だけを動かす。
「舐めるなと言った!」
今度こそと突き放ったラミアの一撃を、こっちに見向きすらしないリンのロシュセイバーによって捌かれ、ミラージュ・ソードの先端はリンの背中まで十センチしかない位置で止められた。
相手の動きを完全に読める確信がなければ、できない芸当である。
「なにっ!?」
「そんな小手先だけの技が、この私に通用するものか!」
いままでまるで機械のように、大きな反応を見せることなかったラミアもさすがに今回は驚愕な表情を浮べたが、リンは彼女に困惑を整理する時間を与えない。
既に一度見た技にやられるほど、甘くはないつもりだ。
「何故私に勝てないか、今に教えてやる!」
片手のライフルをロシュセイバーに切り替えて、リンは身を回転して切り払い、さらに二刀流でラミアに追い討ちをかける。
「くうっ!!」
「先ず、貴様の動きは完璧でマニュアル通りすぎる! 」
リンが怒涛の如く繰り出す攻撃に、ラミアはガードを強いられる。
小型の実体シールドがあっさり破壊され、腕部装甲が削られていく。
「貴様……!」
「それでは、難易度が少し高いシミュレーションと変わらん!」
反撃を試みるラミアの動きを先読みして、リンはロシュセイバーを逆手に握り、ラミアのミラージュ・ソードのビーム発生部を貫き、ただの金属破片へ変えた。
動きの一つ一つにミスがない故、実に予測しやすい。
「加えて経験の差!!」
「……! スラスターがっ!」
二本のロシュセイバーを大きく振りかぶり、アンジュルグの二つの翼はリンによって切り落とされ、空中で爆散した。
「そして!」
機動力と武装を失ったラミアに、リンはすかさず二本のロシュセイバーを持ち直し、交差して×を描くように振り下ろす。
「あいつに負けられないという女の意地だ!」
一閃の後、ラミアがガードに使った腕部から腹部、そして太もも部に斬撃の痕跡が走り、切り裂かれた装甲の裏にあるアンジュルグの内部機械が爆発する。
「……ここまでか」
黒い煙の尾を引いて真っ逆さまに海へ落下していく途中に、ラミアは相変わらず涼しい顔で独りごちる。
見事なまでに完全敗北だった。
実力の差が大き過ぎた。自分は兵士として最適てはなかった。
ただそれだけのこと。
なら、最後にできることは、一つだけ。
自分の、そして組織の機密を守ることだ。
「コードATA、はつ……」
コードATA(ASH TO ASH)――灰は灰に。
だが自爆コマンドを作動させようとした矢先に、母とも呼べる女性の言葉がら頭の中でフラッシュバックして、思わず発動を躊躇ってしまう。
――生還しなさい、あの人と共に。
生還。生きて帰還すること。
あの人はそう望んでいる。彼女の望みを背けることは避けたい。
そんな人間らしい本能的な願望で、ラミアは“敗北する場合にコードATAを発動せよ”という規定を破ってしまった。
アンジュルグの装甲が光の粒子と化して消え去り、ラミアは青い海面で水しぶきを上げながら、沈んでいくのだった。
「……」
ラミアが墜落した場所から拡散していく海面の波紋を眺めながら、リンはコアネットワークを通して送信してきた情報を確認する。
戦場で一々感傷に浸ってるようなセンチメンタルさは、持ち合わせていない。
「教導隊が介入したか。……ん? MK-III? クリスが?!」
信じ難いことに、クリスは既に戦場に復帰したらしい。
だが教導隊メンバー二人に、新型のMK-IIIを得たクリス。そっちの戦場はまもなく静まるのだろう。
なら、こっちもイルムが赤ワカメを片付けたらさっさと退散するか。
展開した武器を収めて、リンは機体を翻らせたのだった。
こっちはあくまで公式上に存在しない機体だ。援護しにいくわけにもいかない。
ここにいる敵を倒すことだけが、若い子たちのために自分ができることだ。
リンが冷酷かつ的確で無駄のない戦い方で戦いを終わらせた頃に、イルムは未だにアクセルと派手な潰し合いを繰り広げていた。
「おりゃあっっ!」
「でええい!!」
作品名:IS バニシングトルーパー 046 作家名:こもも