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IS  バニシングトルーパー 048-049

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stage-48 明日のキモチ 前編




 IS学園一年一組の副担任である山田真耶は、男性に苦手意識を抱えている。
 理由は主に、小学生四年生の頃から既に発育し始めた胸を男達がジロジロ見るからである。
 加えてその内気な性格で、嫌を嫌だとはっきり言えずにいた。
 だから、同じ女性として、いつも凜としている千冬を憧れていた。彼女と一緒にお仕事できて、嬉しく思った。
 彼女から任された仕事なら、全力で全うしようと思う。
 たとえ、男の面倒を見る仕事であろうと。

 学園内医療施設の看護室の中、椅子に座っている真耶は強張らせた表情で、目の前のベッドで寝ている海産物のような男を眺めていた。
 ワカメのような赤髪、高い鼻、そして白い肌。鍛えられている筋肉質な肉体は今、包帯に包まれている。
 千冬が海岸から拾ってきた男だった。
 あれから治療を受けさせて、一応命は助かったのだが、意識不明のまま今日までずっと寝込んでいる。
 この男は誰なのか、なぜあの区域に現れたのか、なぜ溺れたのか、まったく分からない。身元確認の結果もまだ出てこない。
 一応学園のスタッフは交代制で看護というか監視しているが、いつになったら目を覚ますのやら。

 小さなため息を漏らして、真耶は腰を上げて、ベッドから少し離れた。
 朝九時から二時間近くもずっと座ってたせいで、腰が痛い。窓の外を眺めながら、真耶は疲れた顔でダイエット体操を始めた。
 生徒達になめられるし、体重増えちゃうし、親がお見合いしろってうるさいし、千冬様が冷たいし。ああ~、早く部屋に戻って、臨海学校の時に撮ったV字千冬様の写真を見てハァハァしたい。

 「うっ、ううっ……」
 「ひぁ――!!」
 突如に、近くから苦しげな声が聞こえた。
 脳内で愚痴中の真耶はビックリして小さな悲鳴を上げ、床にしりもちをついた。

 「いたたたた……」
 お尻を揉みながら床から立ち上がり、真耶はずれたメガネをかけ直してその声の元へ顔を向けた。
 それは、ベッドに横たわっている男の喉から漏れた呻きだった。
 意識をやっと取り戻したのか、男は傷の痛みに顔を歪めながら、呻き声をあげている。

 「あわわわわわ~!!」
 それを見た真耶は、すぐ取り乱して、慌しく手をバタバタさせる。
 どうすればいい? 医者を呼んで来ようか? それともまずは相手の要望を聞く?

 「うっ、、レ、レモン……」
 混乱の最中に、相手の男から言葉らしい言葉が聞こえた。それを受信した山田真耶は反射的に、指示として受け取った。

 「レレレ、レモン? レモンティーが欲しいですね!? 分かりました少々お待ちください!!」
 財布を握り締めて、真耶は逃げるように看護室から飛び出して行った。
 そして三分ほど経ったあと、再び息を切らして看護室に飛び込む。
 その手には、缶レモンティーを一本握っていた。

 「自動販売機のでいいですよね?!」
 プルトップに指をかけて蓋を開けながら、真耶はベッドへ近づく。
 相手はヨーロッパ出身の方みたいだから、飲み物にうるさそうだけど、さすがに別のをすぐには用意できなかった。
 ベッドの上で、赤ワカメは薄らと瞼を開けて、虚ろな目で無言に真耶を、見つめている。
 正確にはレモンティーの方を眺めているかもしれないが。

 「あっ、そうだ。このままじゃ飲み難いですよね?! ストロー、ストローが……ってああ!!」
 相手は寝ていて動けないなら、このまま飲ませてもベッドにこぼれてしまう。それに気付いた真耶は慌てて振り返って薬品棚を開けようとするが、自分の足につっかえてベッドの方向へ転んだ。
 開けられた缶レモンティーが真耶の手から飛立って、黄色のラインを描いて空を舞う。
 そしてそのまま赤ワカメの頭に直撃した。

 「……くっ!!」
 ドンっ! という痛そうな金属音が響いて、中にある甘酸っぱい液体が一斉に飛び出して、赤ワカメをレモンティー漬けにしていく。
 黄色のアルミ缶が床に落ちて跳ね返り、甲高い音を発した。

 「あわわわ~!! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
 床から立ち上がった真耶は一生懸命に頭を下げながら、ポケットからハンカチを出して、赤ワカメの顔を拭こうと近寄る。
 が、そこに辿りつく前に、真耶は地面に転がっているアルミ缶を踏んでしまった。

 「きゃああああ!!」
 体のバランスが崩れて、真耶は伏せるように赤ワカメのベッドに倒れ込んだ。
 その豊満なバストが赤ワカメの顔面と衝突して、彼の顔は一瞬で埋められた。

 「……うっ!!」
 呼吸を塞がれたからか、赤ワカメは助けを求めるように手を伸ばして、虚しく宙を泳ぐ。
 そして途中に拳を握り親指を立てて、糸が切れたかのように無力に垂れていく。

 「いたたた……あっ、ご、ごめんなさい! ごめんなさい!!……っあ」
 思いっきりぶつけた頭を手で押えながら、真耶はベッドから体を起こす。
 しかし謝罪の言葉を連発して、メガネをもう一度かけ直すと、視野に飛び込んだのは口から白い泡を吹いて、白目を剥いた赤ワカメの顔だった。
 完全に「逝っちゃった」って顔だった。

 「……っ」
 医療機器の電子音だけが響く部屋の中、真耶は赤ワカメの死体の前に佇む。
 冷えた空気よりずっと冷たい何かが、彼女の背筋を駆け抜けた。
 教育者たる自分がうっかりやっちゃったよ。おっぱい殺人を。 
 これで、故意じゃないよね?!
 刹那、様々な光景が真耶の脳内を過ぎっていく。
 両手の手錠に服をかけられ、カメラのフラッシュを浴びながら連れ去られていく自分。
 暗い部屋の中、スタンドライトに顔を照らされながら、カツ丼を食べる自分。
 そして牢獄の中、二十代の時を費やしていく自分。
 ……そんな。まだ自分の純潔を千冬様に捧げていないというのに。
 いやいやいや、今はそんなことを考えている場合じゃないよ!

 「やあああああ!! 逮捕は嫌です!! 先生ぇぇええええ!!」
 凄い勢いで、真耶は悲鳴を上げながら部屋から飛び出していった。
 そしてすかさずに、廊下から人が転んだような大きな音が聞こえてくる。

 「……」
 ベッドの上、赤ワカメのピクピクとした動きが止まり、外からの蝉の鳴り声が一斉に鳴り止んだのだった。
 その漢、二度死す、と。






 *





 「おっ、来たか。さあさあ、入ってくれ」
 イルムが自分の住むマンションの玄関で客を迎えたのは、丁度夕食を作り終えた頃のことだった。
 料理をテーブルに並べている最中にチャイムが鳴り、今日に招待した二人が姿を現した。

 「「こんばんわ」」
 今日、フランスの本社に戻ってきたばかりクリスとシャルだった。
 学生は夏休みがあるけど、給料を貰っている人間にそんなものはない。クリスが本社での机には既に山ほどの書類が溜まっているし、シャルも会社転属の件で処理すべき書類が残っている。
 七月の間になんとか仕事の方を片付けておかないと、リクセント公国に行く時間がなくなる。

 「適当に座ってくれ。あと少しで終わる」
 二人を部屋の中に招き入れて、イルムは愛用のエプロンを外しながら奥へ案内する。