IS バニシングトルーパー 048-049
それを想像しようとするだけで、物凄い拒否感を感じる。
「……何ですか。ニヤニヤして」
シャルの寝顔から目を上げると、イルムの意味深げな笑顔を視野に入った。
あれは、面白いものを発見した時の顔だ。あれを見てからかわれなかった試しがない。
「別に。ただ、随分とシャルロットちゃんのことが好きだな~って思っただけだ」
ソファの上で足を組んで、イルムは頬杖して微笑ましい二人を眺める。
「お前、いつも黒髪の年上が好きだとか言ってたくせに、結局はそういう家庭的で包容力のある子が好きなだけじゃねえか。あれか、母性を無意識に求めていたのか?」
「……放っておけなかったんですよ」
シャルの寝顔に視線を戻して、クリスは彼女の額にそっと手を置いて、イルムの言葉を否定した。
無意識のうち、面倒を見てくれて甘やかしてくれる女性を求めていたかもしれないけど、シャルとの関係はそれだけじゃないと思った。
シャルは人に優しくされたらすぐ懐くほど、心の傷付いた子だった。自分の道は自分で決めろなんてカッコいいセリフを聞かせるのは簡単だが、無責任だし、何の解決にもならない。
母親を失って、父親に道具扱いされて、頼れる人間は誰一人もいない。こんな弱い女の子一人、何をもってどうやって運命と戦うというのだ。
「結局、シャルを助けたのは俺の力じゃないですけどね」
赤くなった顔を隠すためか、クリスは一旦言葉を止め、飲み干したグラスに新しいワインを注いで、一口含んだ。
その包容力と面倒見の良さに惹かれた部分もあるが、妙に危なっかしい所があるから、保護欲を擽られた部分もある。
お互いに支え合う、と言うべきでしょう。
「でも、やっぱり危険なことからできる限り遠ざけて、ずっと守れてやれるような男になりたいんですよ。卒業したらちゃんとした家を買って、二人で一緒に暮らしたい」
「……お前、あまりそういう考えを押し付けるなよ?」
痒いそうに背中を掻きながら、イルムは眉を顰めてそう言う。
「シャルロットちゃんが大事なのは分かるけどさ、女というのは、お前が考えているような弱いものじゃないぞ」
まだ十代のクリスは恋愛経験が浅いから、自分の女を自分で守りたいと思うのは極普通のこと。でも一方的な押しつけは、反発を買う可能性が高い。
しかしイルムの考えに、クリスは賛同できなかった。
「……マオさんが戦いに行ったら、心配しないんですか? ヒュッケバインを使えない仕事だって一杯あるじゃないですか」
「心配はするが、それ以上に信用しているのさ。リンは俺なんかよりも強いんだぜ?」
「でもシャルはマオさんと違って、泣き虫なんですよ」
「リンだって泣き虫だ。お前らには見せないだけで、よく泣くぞ」
「それはきっと、イルムさんがヒモのくせにいつも浮気してるからだと思います」
「誰がヒモだ!!」
シャルを起こさないような控えめな声で叫ぶイルム。
確かに料理洗濯掃除は全部引き受けてるけど、ちゃんと働いてるよ!
「そう言うお前はどうなんだ? セシリアちゃんとあの……名前なんだっけ、ドイツ軍の子と」
「……レオナは軍人です。責任感強いし頭も固い。俺達のことを深く知ったら、多分すごく悩むと思います」
遠い目をして、クリスはまたため息をつく。
レオナはツンデレを気取ってるから、積極的に絡んでくるタイプじゃない。彼女への深入りはもう無理かもしれないけど、信頼はできるという今の関係が一番だと思う。
彼女にはもっと真面目かつ誠実で、それなりの家柄の男が相応しいのだろう。
「じゃセシリアちゃんは? お前とシャルロットちゃんのことを知ってるのに、諦めてないみたいじゃないか」
「セシリアは……どうでしょう。こう言うのも何なんですけど、セシリアはただ理想を俺に投影しているだけな気がします」
「理想?」
「強くて優しくて、彼女をリードできる完璧で理想的な男性。セシリアはそんな男性を求めていると思います。でも俺はそんなやつじゃない」
自嘲するような笑みを漏らし、クリスはワインを口に含む。
IS学園は女子ばかりだから、入学の頃は女に好かれそうなクールで真面目な男を意識して振舞っていたが、結局はシャルのせいで長続きできなかった。
魔性の女だなこいつ、とシャルの頬を突いてみる。
「いつか本当の俺が見えてきたら、きっと幻滅して愛想を尽くすと思うんですよ」
自分はマンガやアニメによく出てくる、真っ直ぐな熱血主人公みたいな人間じゃないし、何も考えずに突き進めるほど強くもない。
泥まみれな汚い子供だったんだ。明日を生きるための糧を手に入れるのが精一杯だったんだ。
何もなかった自分が、周囲に合わさずしてどう生きるというのだ。似顔絵だって、ある程度美化しないと客は喜べない。
相手が望む自分を演じるしかないじゃないか。
一夏は姉のために強くなりたい。箒と鈴は一夏に見てもらいたい。隆聖は母親思いで自分なりの正義を見つけたい。ラウラは嫁を支える夫になりたい。
皆は求めているものがはっきりしているから、円滑な付き合いは簡単にできた。
でも恋愛は、自分の一番情けない部分を晒してしまうことを意味する。理想ばかり見ているうちは恋であっても、愛ではないと思う。
セシリアの気持ちを振り回していたことは、すまないと思っている。でも殴ってくれと言って、殴られて気が晴れるのはこっちだけだ。セシリアにとっては何の解決にもならない。
「それはどうかな。セシリアちゃんだって馬鹿じゃないし、お前はどういう人間か、とっくにわかってるんじゃないか? 大体、お前はセシリアちゃんのことが好きなのか?」
「多少は……ね。でもシャルの方がずっと好きです。シャルだけは裏切りたくないんですよ」
本心から出た言葉だ。
セシリアみたいな可愛い子に好きと言われたら、嬉しくない男はいないだろう。何回も彼女を受け入れかけていた。でもできなかった。
シャルを悲しませたくないし、セシリアの理想を演じ続ける自信もない。
鈍感を装うと言う手もあった。でもそれはただの逃避だ。女の子の気持ちを生殺しにするのと同じことだ。
そうしてまで、自分一人だけすました顔でいたいとは思わない。
「……まあ、恋愛も人生も模範解答があっても、絶対的な正解はない。ちゃんと自分で考えて行動しろよ」
「分かってますよ」
十五の歳にしては、恋愛に対して複雑に考えすぎなんじゃないかと思うが、あえて口にすることでもない。
歪んでいるように見えても、根は優しくて熱いやつだ。女の子の気持ちをちゃんと考えてるのなら、別に大丈夫だろう。
グラスをぶつけて、二人は残りのワインを一気に飲み干した。
クリスの膝の上で、シャルが薄らと目を開き、小さなため息を吐いたことにも気付かずに。
*
話をIS学園に戻す。
教導隊主催の強化合宿が始まる前日の午後に、一年生の寮の部屋で、隆聖と一夏はパソコンのディスプレイと向き合っていた。
「げっ! そんなに高いの? ブーストハンマーって」
作品名:IS バニシングトルーパー 048-049 作家名:こもも