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IS  バニシングトルーパー 048-049

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stage-49 明日のキモチ 中篇




 



 クリスがシャルを連れてハースタル機関本社に戻った翌日の朝。
 いつもより早めに設定した携帯のアラームで目を覚ましたクリスが最初に見たのは、パジャマ姿の恋人が洗面場で歯磨きをしている光景だった。

 「あっ、おはよう」
 「おはよう、シャル」
 久々に使ったベッドから降りて、クリスは小さな欠伸して、ベランダに出た。
 遠い場所に立っている本社ビル、さらに離れている場所にある格納庫、組立工場、試験場などが次々と視野に飛び込む。
 数日前までは学園で呑気に授業を受ける生活だったのに、今日からは会社に出勤しなければならないという実感が湧いてくる。
 携帯で時間を確認してみると、出勤時間まであと一時間半。寮は本社ビルまで徒歩十分程度だから、まだ全然ゆっくりできる。

 「ごめんね。朝ご飯も用意するつもりだったけど、食材がなくて」
 背後から物音がして、洗面を終えたシャルもベランダに出た。

 「気にするな。一階には食堂がある」
 少々申し訳なさそうにしているシャルの肩を軽く叩いて、クリスは部屋の中へ戻り、洗面場に立って歯磨きを始めた。
 食堂での食事は別にまずいって程じゃないけど、やはり味気ない感じがして、おかわりしたいと思わせるようなものじゃない。
 まあ、この際だから、仕方ないだろう。

 「この間買ったスーツがあるだろう? あれに着替えて」
 「わかった。クリスのスーツも出しておくね」
 「ありがとうな」
 クリスに言われて、シャルはクローゼットから二人のスーツを出した後、自分のレディースーツを抱えて奥の書房に入った。
 一緒に暮らすのはIS学園で慣れたけど、さすがに部屋の真ん中で着替えるのは恥かしい。
 明るくてシンプルな内装色をしたこの社員寮の部屋は、IS学園の寮と比べると少しは狭いけど、リビングと寝室を兼ねたメインの部屋以外に、クリスが自炊できないから全然使ってない簡易キッチンや清潔なシャワー室、加えてネット環境完備の書房など、スペースを効率よく利用している。
 唯一のセミダブルベッドは二人で寝るには少々狭いが、その分だけ体を密着できるから、意外と寝心地がよかった。

 (これで、同棲というのかな……)
 顔をにやけながら、シャルは脱いだパジャマを椅子にかけて、着替えを始めた。
 濃い肌色のストッキング、白いワイシャツ、そして黒いジャケットとスカート。仕事に行くには、やはりちゃんとした正装じゃないとな。
 デュノア社では正式社員として扱って貰えなかったけど、ここではちゃんと一員として働ける。クリスも一緒だし、すごく安心だな。

 手早く着替え終えた後、シャルは改めてこの小さな書房を見回す。
 壁際のスチール製本棚に、IS関連の書籍や雑誌が並んでいて、机の上には設計図らしきものや小道具などが散かっている。
 学校をろくに通ってなかったクリスはきっと役に立ちたくて、この部屋で一人で勉強していたんでしょう。

 「準備は終わった?」
 「うん。これでいいかな?」
 書房から出ると、既にスーツに着替えたクリスが待っていた。
 出てきたシャルを頭のてっぺんから足先まで眺めてから「オッケー」と呟いて、クリスは彼女をそっと抱き締めた。
 そして頭を撫でながら、静かな優しい声を聞かせた。

 「仕事が始まると色々と忙しくて、シャルを構ってあげられないかもしれないから、先に謝っておく」
 「もう~。人を子ども扱いして! 大丈夫だよ、一人でも」
 不満げな顔で、シャルは強がりを言う。

 「出来ればシャルにはさっさと退社して欲しいけどな。どうやらヴィレッタ姉さんはシャルに仕事を振るつもりらしい」
 「だ・か・ら~! ちゃんと働くって!」
 「まあ、好きにすればいい。俺は贔屓とかできる立場じゃないし、するつもりもないから」
 「分かってるよ」
 やれやれと肩を竦めて、クリスは少し引き締った顔でシャルにそう告げた。
 会社は学園と違って、いつも一緒にいられるわけじゃないし、プライベートの関係を持ち込むべきでもない。心配しないのは嘘だけど、その辺はシャルに頑張ってもらうしかない。幸い本人もやる気満々のようだし。

 「じゃ、行こうか」
 玄関で革靴に履き替えて、扉のドアノブに手をかけると、ふと袖を引っ張られる感触がした。振り向くと、シャルは何か言いたげな目で上目遣いにこっちを見ていた。

 「どうしたの?」
 「あのね、その……お出かけのキスが、欲しい」
 頬を赤く染めながら、シャルは期待を込めた眼差しで恋人の顔を見上げて、少しばかり恥かしいものをねだった。
 新しい環境に身を投じるにはやはりちょっと不安で、少し勇気がいる。

 「……目を閉じて」
 あまりにも甘酸っぱい響きに、クリスは一瞬言葉を失ったが、軽く息を吐いて返事する。

 「うん……」
 言われた通り、シャルは顎を少し上げて、目を閉じた。そして胸の鼓動の速まりを自覚しながら、その時を待つ。
 クリスの手がそっと肩に触れる。
 自分と同じシャンプーのほのかな香りに鼻をくすぐられると共に、彼の少々荒くなっている息遣いを耳元に感じた。

 「仕事、しっかりな。何かあったら電話してくれ」
 そう小さく呟いたクリスは、シャルの頬に両手を添えて、その健気に震えている唇にそっと自分の唇を落としたのだった。





 *




 「……先に述べたとおり、今回の銀の福音事件で確認できた所属不明ISの中、全身を覆い隠すフルスキンタイプとそうでないタイプが混在しています。フルスキンタイプについては、機体のバーニア配置位置などから推測した結論として、操縦者の容姿を隠す以外に、宇宙空間での戦闘における信頼性向上を図った結果だと思われます」
 暗い小型会議室の中、銀髪少年の落ち着いた声が響き渡る。
 彼の背後にあるスクリーンには、四機のISが表示されている。
 メキボスのグレイターキン、アギーハのシルベルヴィント、シカログのドルーキン、そしてヴィガジのガルガウだった。

 「この四機はそれぞれの役割がはっきりしており、得意分野での戦闘能力は高い。空間転移技術と併用した奇襲戦術は、かなりの脅威になると思います。さらにこの四機以外に……」
 スクリーンの画面が変わり、続いて映りだされたのはラーズアングリフ・レイヴン、アンジュルグ、そして戦闘の最後の現れた黒騎士のようなISだった。
 ラウンド型会議テーブルを囲んだ出席者たちの注目を浴びながら、クリスは淡々と報告を続けていく。
 そして会議室の中、テーブルの一角に座って妙にギョロギョロしているシャルの姿があった。
 クリスと寮から出て、一階の食堂でカフェオレとクロワッサンを頂いて、八階にあるクリスの勤務室で報告書を整理した後、一緒に朝会に出席しろと言われて、この会議室に来てしまったのだ。
 シリアスな空気の中、思わず身を引き締ったシャルはクリスの報告に耳を傾けながら、周囲の面子に目を向ける。
 冷酷かつ理性的な雰囲気を漂う青いロングヘアの男は、この会社のトップであるイングラム・プリスケン。