IS バニシングトルーパー 050
クリスの心臓の音を聞くように、セシリアは頭をクリスの胸に預けた。暖かい胸の奥から、力強く脈打つ鼓動が少しばかり激しいと思った。
いつもよりさらに妖艶な笑みを口元に描き、セシリアは唇を動かす。
「わたくし、シャルロットさんと仲良くできる自信ありますわよ?」
「……悪魔の囁きを聞いてる気分だ」
「ああ~! 酷い言いようです。些細な願いをしただけなのに、悪魔だなんて」
クリスの冗談めいた一言で、セシリアは少し怒ったように口を尖らせて彼を睨みつける。
そしていきなり小悪魔的な表情に変えて、クリスの耳元に唇を寄せた。
「でもクリスさんの魂をいただけるのなら、悪魔になるのも悪くありませんわね」
誘惑な言葉と共に、熱い息を吹っ掛けてみると、彼の体が分かりやすく反応してくれた。
そしてクリスのちょっと呆れたような視線から逃げるように、セシリアは彼の腕に頭を預けて、幸せそうな笑顔で目を瞑った。
クリスさんは自分のことが好きだ。それが分かっただけで、笑顔が止まらない。
そんな嬉しそうにしている彼女を見て、クリスはやれやれと頭を横に振り、長いため息を吐いた。
よもや女に口説き落とされそうになる日が来ようとは。
セシリアの柔らかくて温かいバストと甘い言葉の攻勢を、よく耐え切ったと自分の理性にご褒美をあげたい気分だ。
「でもさ、セシリア。俺は考え方が古い男だよ?」
とこか自虐的な態度で、クリスはセシリアの手から自分の腕を引き離した。
自分とて年頃の男だ。スタイル抜群で顔も超可愛くて、しかも一途な子にそこまで言われたら、そりゃ動揺しないわけがない。けど目先の誘惑に負けたら、多分後悔してしまう。
「こんな世の中でも、好きな女の人生を背負うのは男の役目だと思うんだ、俺は」
膝の上のシャルを両手で抱き締めて、クリスはセシリアの視線を正面から受け止めて、少しだけ、深刻にならない程度の真剣な声で、言葉を紡ぎ出す。
「女の子は皆、自分のすべてを男に預ける気持ちで恋をする、という言葉を聞いたことがある。もう時代遅れかもしれないけど、俺はそう思うことにしてる。だから恋愛は、相手の一生を受け止める覚悟でする。シャルを受け入れた時も、そう覚悟してた」
自分がシャルの全てを手に入れた代わりに、シャルの全てに対して責任を負わねばならなくなった。女の子一人の重さ、軽いと言えば軽いし、重いと思えば重いぞ。
いや、リアルの体重の話じゃなくて。
「ここから先ずっとシャルの側に居て、何かあった時に“何も考えなくいいから、俺に任せろ”と言ってやれる男になりたいんだ」
エゴイストの男の独占欲だと言われても構わない。シャルが安心して眠れる所が、自分の側だけであって欲しい。
「だからさ、ごめんな」
「いいえ。謝らないでください」
クリスの言葉で一瞬だけ寂しげな表情を浮べても、セシリアはすぐいつもの自信溢れる笑顔へ切り替えた。
間接的に、お前の人生まで背負うのは無理だ、と言われたけど、今の話を聞いて、ますます彼を落としたくなってきた。
クリスさんの中には自分が好きだという気持ちがある。それが分かっただけで、ここに来た甲斐があった。
「残念ながら、今夜はもう諦めます。ですが……」
椅子から腰を上げて、セシリアは月明かりを背にして立つ。
月光に照らされて、ワイシャツ一枚に包まれたセシリアの発育中でありながらも、十分魅惑的なプロポーションが透き通って見える。
目を逸らそうとした矢先に、少しだけ冷たくて、気持ちいい指に自分の頬を触られたのを感じて、視界にセシリアの顔のアップが映りこむ。
「……わたくしの気持ちは変わらないということを、覚えておいてください」
至近距離から見つめ合い、セシリアはそんな一言を言い放った直後、クリスの唇にそっと自分の唇を落とした。
気持ちを表現するための、触れるだけのキスだった。
少女の唇が特有の柔らかさと温かさと共に、甘い匂いがクリスの鼻に飛び込む。
セシリアの髪の毛の匂いだった。シャルの優しくて落ち着く感じの匂いと違って、セシリアの匂いは甘くてエレガントで、なぜか胸の奥を刺激するような匂い。
イメージ的には合っているかもしれない。
意識の隅でそんなことを考えてしまった瞬間、自分の唇から暖かい感触が離れて行った。
「で、では、お休みなさいませ」
艶やかな髪を揺らして、セシリアは逃げるように部屋の中に入っていった。
カッコよく決めたつもりでも、やはり恥かしかったのだろう。
なぜか、おめでとうという幻聴が聞こえた気がした。
新しい領域に踏み込んだということだろうか。
トーヤ・セルダ・シューンとかサイト・シュ○ァリエ・○・ヒラガとか結城○斗とか佐橋皆○とか浦島景○郎とか真中○平とか、そんな人達の領域に、自分は片足を踏み入れたのか。
頂点に立つのは、上条○麻だろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。気持ちは凄く嬉しいけど、二人の女の子を同時に受け入れるような器じゃないな、自分は。
携帯を覗いてみると、日付が変わってから既に一時間ほど経っていた。そろそろシャルをベッドに運んで自分も寝ようか。
そう思ってシャルを抱き上げようとした瞬間、腕の中の温かい存在が動いた気がした。
「……」
慌てて視線を向けると、いつの間にか起きていたシャルと目が合った。
どの辺りから聞いていたかは知らないが、今のシャルはかなり不機嫌そうな顔をしている。
そりゃあれだけ話し込んでたら起きるのも不思議じゃないけど、その綺麗な色をしている瞳に満ちているのは嫉妬と不満と、不安だった。
「むぅ~~~ん!!」
「ちょ!?」
悩ましげな唸り声が上げて、シャルはクリスの脚の上に跨るように座って、駄々っ子のように彼の胸板にパンチを連発する。
「浮気しちゃやだ!!」
「してないって! ……んっ!!」
シャルの両手を掴んで何とかやめさせると、シャルはちょっと強引に唇を押し付けてきた。
セシリアと違って、キスに慣れたシャルはいきなりクライマックスと来た。
「ちゅ、ちゅる……ちゅく……ちゅ……!」
まるでセシリアが残した香りを全部自分のものに塗り替えるようにクリスの唇を舐めて、吸い上げる。さらに乱暴にクリスの唇を割って、熱い舌を差し入れて無防備だった彼を捉えて絡みつく。
「ちゅ、はぁ……おい、落ち着けって」
「はむ!!」
何とかシャルの舌から抜け出して、落ち着かせるように背中を優しくさすると、シャルはまるで吸血鬼のようにクリスの首に抱きついて、首筋に歯を立ててカプっと噛み付いた。
自分の印をつけたいのか、シャルはかなり強い力で噛んでいる。甘噛みなんて恋人の間ではよくある愛情表現だが、シャルは完全にお仕置きのつもりでやってる。
噛んで舐めて、キスマークをつける要領で吸い上げて、徹底的に自分の所有権を主張する。
その痛みに僅かに眉を顰めても、クリスは逃げようとせず、シャルの噛みつきを大人しく受け入れながら、ずっと彼女の背中をさすり続けた。
作品名:IS バニシングトルーパー 050 作家名:こもも