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IS  バニシングトルーパー 051

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stage-51 クレイジーサマー 前編




 無機質な長い廊下を、レオナ・ガーシュタイン少尉は規則正しい足取りで歩いていた。
 落ち着いた足音だけが響き渡る廊下の中、レオナ以外に誰一人も見かけない。この先にあるのは、上官の勤務室だけ。
 任務が完了した以上、日本に長期滞在する理由がないのも一つの理由だが、上司の呼び出しがかかったことが、急いで夏休みの初日に帰国した理由である。

 目的地の部屋の前に立ち、レオナは深呼吸を一つだけして、やや高級感が漂う重厚な木製ドアをノックした。中からのお馴染みの男声が聞こえた後、ドアを開いて入室する。

 「ただ今参りました、エルザム様」
 「ああ、来たか。座ってくれ」
 カーペットを敷いた広い部屋の中、レオナ少尉の上官であるエルザム・V・ブランシュタイン少佐は愛用の机で書類の一掃作業をしていた。
 堅苦しく敬礼したレオナに返事しつつ、エルザムは席から離れて、部屋の隅にある冷蔵庫の扉を開けた。
 冷蔵庫の中には、今日の彼の自信作が入ってあった。 

 「すまないな、いきなり呼び戻して。もっと日本でゆっくりしたかったのだろう」
 暗い紫色の礼装を着たエルザムの背中を眺めながら静かに待っていると、エルザムはアイスティーとケーキを乗せた皿を持ってくる。
 これが目当てで、溜まった書類を何等分に分けて提出してくる部下もいるという。

 「いえ。そんなことは」
 「あっ、そうか。彼も今は日本にいないか」
 「あいつとは関係ありません」
 一瞬だけ眉を顰めて、レオナはいつもの冷静そうな声でエルザムの憶測を否定した。
 そして態度にこそ出さないが、レオナの考えをなんとなく読んだエルザムは、彼女の手首からいつものブレスレットが消えたことに気付き、続きの言葉を飲み込んだ。
 若い子の問題に口出しはしない主義だ。
 テーブルに皿とカップを置いて、エルザムはレオナと向き合うようにソファに座った。両手の指を組んで顎に当てて、上司としての表情を浮かべる。
 正直、今は彼女に申し訳ない気分だ。

 「……正式の書類は明日になると思うが、今日から君は中尉だ」
 「昇進、ですか」
 特に反応を見せずに、レオナはティーカップを手に取った。
 階級に対する拘りはそれほど強いものではないが、彼女も家族の期待をある程度応えねばならんと思っている。しかしいくらIS操縦者の階級昇進が早いとは言え、このタイミングでの昇進はなにか理由があるように感じた。

 「そういうことだ。本当にすまないが、君にはしばらくIS学園を休学してもらうことになった」
 「了解です」
 「聞き分けが良すぎるな。上司としては助かるが」
 少々調子抜けたように口元を緩ませて、エルザムはやれやれと肩を竦めた。

 「シュヴァルツェ・ハーゼがいるとは言え、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐が日本にいる以上、君には国内にいてもらいたい」
 「はい」
 「すまない。私としても君にはもう少し普通の学生生活を送って貰いたかったのだが、私も色々と忙しくてね」
 「そのようなお気遣いは結構です。民間人の安全を守るために生きることこそ軍人としての本分だと考えています。教導隊に参加したエルザム様のように」
 「助かる。しかし教導隊に参加したのはレーツェル・ファインシュメッカーであり、私ではない」
 ソファから腰を上げて、エルザムは窓際に立ち、レオナに背を向ける。
 その背中は、なぜか珍しく哀傷が漂っていた。

 「だから、別にかなり早期に存在を示唆されたのに、主人公機と同じタイプだからって未だに出番なしってどういうことだとか、教導隊の中自分だけまだ見せ場がないとか、決め台詞までパクられたとか、なぜ私のブログがゼンガーと稲郷先生のよりランキング順位下なんだとかそんなことを愚痴りたいとはまったく思ってない」
 「……」
 中間管理職みたいな愚痴を思いっきりこぼすエルザムに、レオナはかけるべき言葉を見つからなかった。

 「まあ、そんなことより、今日中に果たして貰いたい任務がある」
 「今日中に、ですか?」
 「ああ。……実は昨日の夜、ガーシュタイン大佐に娘がようやく帰ってきたのに、全然顔を見せないと泣きつかれたのだが」
 「あっ、それは……」
 エルザムの半分冗談のような呟きに、レオナは言葉を濁らせた。
 レオナの父であるガーシュタイン大佐はブランシュタイン家の分家当主として、それ相応の威厳を持っている軍人ではあるが、プライベートでは親バカなのが身内に知られている。
 家族と会いたくないわけじゃないけど、父親にぺたぺたされるのが少々苦手に思っているから、もうしばらく経ってから行こうと思ったが、まさか父がこんな変化球を投げてくるとは思わなかった。

 「気持ちは分かるが、大佐も何も今すぐ跡を継げとは言っていない。ただ、君には名門の長女として、社交界での処世術を身につけて欲しいと思っているだけだ」
 「自分は軍人です。そんなものは必要ありません」
 「やれやれ……なぜそんなに固いのかな。とにかく今夜はガーシュタイン大佐と共に食事を取れ。これは命令だ」
 苦笑いを浮べて、エルザムは振り返ってレオナの目を見てそう命じた。

 「私も同行し、監督する」
 「そんな……!」
 「ああ、上官の機嫌取りもまた重要な任務である。そのためなら、部下はいくらでも利用させてもらう」
 わざと意地悪な言い方をして、エルザムは楽しげに微笑む。
 若いのくせに頭が最上クラスに固いこの従妹でも、命令とあれば抵抗はしないだろう。
 カトライアの事件は彼女に深い影響を与えすぎた。軍人になるのは一族の宿命だろうけど、あまり自分の視野を狭くして欲しくない。

 「わ、わかりました……」
 明らかの職権乱用だが、さすがにこれ以上拒む気にはなれず、レオナは目を伏せ、長いため息を吐いたのだった。




 *



 超闘士と呼ばれるグルンガストシリーズは、その異名が示した通り、分厚い装甲と高い攻撃力を生かして殴り合うという豪快な戦い方を想定し、開発された機種である。避けて撃つというスポーツ試合のセオリーを無視したそのコンセプトから実戦向けの機体だと言われており、この理由でグルンガストシリーズは操縦性を二の次とし、戦闘能力を高めることだけに力を注ぐことになった。
 そのため、グルンガストは操縦者を選ぶ機体だと言われている。
 そしてハースタル機関の本社敷地の奥にあるテスト場では今、同じ超闘士の名を持つ二機のISによる激闘が繰り広げていた。

 片方はグルンガストシリーズの原点とも言うべき最古の超闘士、グルンガスト零式である。
 黒を基調とした武骨な装甲に、黄色のライン。同じグルンガストシリーズの壱式と参式と近い外見だが、どことなく凶悪な雰囲気を漂わせている。背部と肩部に接続している大推力ブースター二基が、この機体がもっとも特徴的な部分になっている。

 無敵な肉弾戦ISを作り上げるという発想を元に誕生した零式には、どんな敵をでも破壊できる攻撃力、全身の八割以上を覆う重装甲、そしてそれらを自在に動かせる大推力ブースターを与えられている。