IS バニシングトルーパー 051
だが性能だけを追究して、操縦者の肉体に限界があることを無視した結果、グルンガスト零式は並みの人間ではまともに動かせないほどピーキーなものになってしまった。
数字上では単機でノーオプションのまま大気圏脱出できる推力を出せるブースター。そこから生じるGは、最新型のGキャンセラーをもってしても安全範囲内に押さえるのが難しく、常にデリケートな操作をパイロットに求める。
さらにシリーズ最新型の参式すら上回るパワーは、一歩でも間違えばパイロットの肉体にもダメージを及ぶほどのもの。
肉弾戦においては間違いなく最強の機体であろうと言い張ったものの、使いこなせる人間がいないようでは話にならない。こういった理由で零式はパーツ状態で分解されて倉庫の奥に仕舞ってあったが、今はこうして再び蘇っている。
そして復活を果たしたこのモンスターマシンは今、かつて一度だけこの機体を挑戦し失敗した人物――クリスが装着している。
一方、零式の対戦相手を務めているのは、零式のデータを元に操縦性の改善を目指して再設計したグルンガスト壱式。
零式と比べればかなりのスペックダウンを図られたが、操縦性や運用効率などでは零式よりずっといい。そしてその主は当然、グルンガストシリーズの扱いに関して右に出るものはいないと言われているイルム。
現に、性能では遥かに勝っているはずの零式とクリス相手に、イルムは圧倒的とも言えるほど優位に立ち回っている。
「さあ、全力で来い!!」
「はあああああ!!」
余裕的な笑みを浮かべるイルムの挑発に返事することなく、クリスはグルンガスト零式の拳を引っ込めて、塵を巻き上げて壱式へ突撃する。
こっちは組み立て直したグルンガストで、相手はオーバーホールしたばかりのグルンガスト。同じコンディションで、器用な戦い方をできる機体でもない。
正面から突っ込み、パワーで押し切るのが正しい。
「全力って言ったろう!!」
「うくっ……!!」
正面からの右ストレートをイルムは壱式の腕で簡単に受け止め、零式を上空へ投げ飛ばす。
クリスが零式に振り回されることを恐れて、意図的に力をセーブしていることくらい、突進の勢いから見ても分かる。気持ちは分かるが、それでは壱式の相手を務まれない。
「ローリング、ブーストナックル!!」
吹き飛ばされた勢いに乗じて、クリスは体勢を整えるのではなく、衝撃を逃がすように回転しながらクリスは零式の右腕ごと撃ち出す。
「器用なことだ。……けどな!」
飛んでくる黒い鉄拳にイルムは不敵に笑いながら壱式の右拳を引っ込め、地面に踏む。
やはりグルンガストを使っていても、どうしてヒュッケバインを使うときの癖が出る。オートバランサーを切ってマニュアルで機体バランスを保つ器用さは褒めておくが、グルンガストの使い方ではない。
「食らえ! ブーストナックル!!」
空気が炸裂する音と共に、壱式の腕が弾丸と化して撃ちだされて、迫り来る零式のナックルとぶつかる。二つの腕が空中で衝突して、力を失い軌道から外れた後壁にぶつかって爆音を響かせた。
「今だ!!」
飛ばした拳を回収した瞬間、グルンガスト零式の背部にある大型ブースター二基が一斉に跳ね上がった。
グルンガストの扱いでイルムに勝てるとは思ってないが、これでも本職はテストパイロットだ。頼れるだけ、性能に頼らせてもらう。
「これでぇえええ!!」
凄まじい数のバーニアが一斉に推進剤を燃やす音が轟き、零式は黒い雷光と化して壱式へ急進する。肋骨がまた折れるんじゃないかというくらいの痛みに襲われた後、クリスは確実にイルムの壱式を捕らえた。
けどさすがというべきか、こんなタイミングでもイルムは抜群の反応神経を頼りに、顔面直前に迫ってきたクリスの拳を受け止めて、両手の押し合いに持ち込んだ。
「無駄だ! この零式なら!!」
さらに零式の出力を上げて、クリスはイルムを押さえ込む。
多少の怪我を覚悟すれば、零式が力押しで負ける道理はない。
「いい気合だ!!」
壱式のブースターを全開にして対抗しても、さすがに歴然としたスペック差は埋められない。イルムの壱式は後方へ退かれていき、両足が地面にめり込まれていく。
今でもおそらくクリスは零式のフルパワーを引き出していないだろうけど、この力は明らかに壱式の限界を凌駕している。もちろん出力だけでは勝敗が決まるもんでもないし、実戦ならこの状況を打破する方法はいくつがあるが、稼動テストでは反撃手段が制限されている。
しかしこのままでは大人としての沽券が関わる。ここは少しばかり、本気を出させてもらう。
「調子にっ、乗るな……!!」
イルムの言葉と同時に、壱式の後退が止まった。驚愕するクリスの目を見て、イルムは余裕の笑みを取り戻して、負けそうになった零式との押し合いを徐々と互角まで待ちなおす。
「グルンガストはな! 僕が一番上手く扱えるんだ!!」
「ネタ古い!」
根性と気合でスペック差を埋めて対抗するイルムと、機体の出力を上げていくクリス。先に息切れを見せた方は大きな隙を晒すことになる。それをわかった二人は押し合ったまま、お互いに一歩も引かない。
力を出し切っての力比べ、一瞬でも手を緩めば押し込まれるが、逆に力を入れすぎては柔軟な対応ができなくなり、隙を突かれる。故にこれは集中力と経験の勝負でもある。
次に隙を晒した方は大ダメージ確定。テストでそこまでやる気はなかったが、この場面はもう手抜きができる雰囲気じゃない。
「そこまでだ、お二人」
そんなタイミングにテスト場のスピーカーから、温厚そうな男声のストップがかかった。
モニター室に視線を向けると、このテストの責任者であるオオミヤ博士がマイクを手にした姿が目に入る。
「もう十分だ。お疲れ」
必要なデータは採集完了。これ以上やりあう意味がない。それを理解したイルムとクリスはゆっくり力を弱めて、相手から離れていく。
「お疲れ様です」
グルンガスト零式をその場でしゃがませて、クリスは開いた装甲の中から地面に降りる。同時に、イルムも壱式を待機状態へ戻した。
復活した零式の稼動テストは一応機密扱いのため、今このテスト場にはこの二人とオオミヤ博士しかいないし、壱式の存在を隠す意味でも、テスト場を覆うバリアは外側から内側の状況が見えないように調整されている。
整備班の連中が機体を回収しに来るのは、二人が去った後になるのだろう。地面にしゃがんで沈黙したグルンガスト零式を一瞥して、クリスはイルムと一緒にテスト場を後にした。
「しかしお前、つくづくグルンガストとの相性が悪いな」
「命拾いしたばかりの人の台詞とは思えませんね」
「なんだとてめえ、しめるぞ」
更衣室で服を着替え、二人は他愛のない雑談しながらテスト場から離れていく。土曜の午前十一時半、さっさと家に帰ってのんびりしたいものだ。
「そういえば、聞くのを忘れたけどさ」
「何ですか?」
「なんで今更になって、零式を引っ張りだしてきたんだ?」
まだわずかに震えている右手をポケットに入れ、イルムは自分の疑問を口にした。
作品名:IS バニシングトルーパー 051 作家名:こもも