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IS  バニシング・トルーパー リバース 003-004

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 さっきまで激戦は、二人による模擬戦だった。砲撃もビーム刀身も、全部はコンピュータによる擬似映像だった。
 現在の軍用シミュレーションではかなり高い再現度を誇っているが、それでも経験豊富の兵士としては微妙なところに違和感を感じてしまう。そのため、実機を使ってコンピュータの補助とペイント弾で模擬戦をやるケースも多い。

 「やっぱ原型機は最高だな。量産機とは訳が違うぜ!」
 「今度こそ負けないわよ!!」
 リオと一夏の模擬戦はこれでもう十回目なのに、全ては一夏の勝利で終わっている。
 しかしリオ・メイロン少尉の男勝りで負けず嫌いの性格のせいで、未だに二人は模擬戦を止める気配がない。
 命令に従って月面のマオ・インダストリー本社に来たのはいいが、受け取る予定だったものの準備はまだ完全に終えてないとのことで、「ブリュンヒルデ」は二日ほど月面に滞在することになった。暇を持て余すのはどうかと思うし、スタッフの仕事を手伝うことにした。
 まあ一夏に関しては、チューニング中のゲシュペンストMK-IIの原型機を操縦できただけで、狂喜しているのだろう。
 スラスターを噴かして、二人は再びデブリ帯に飛び込んでいく。

 一方、この場所から百キロメートルほど離れたマオ・インダストリー本社施設のモニター室に、そんな二人をモニター越しで観察している人達が居た。

 「すまないね、織斑大尉。こっちの手伝いまでしてもらって」
 「いいえ。うちの部下がお役に立てたのなら、幸いです」
 モニターに映っている二人の模擬戦状況に薄い笑みを浮かべながら、いかにも冷静そうな顔立ちをしているピンク色髪の女性――マオ・インダストリー社長、リン・マオは「ブリュンヒルデ」の指揮官である織斑千冬大尉に申し訳なさそうにそう言うと、千冬は僅かに自慢げな表情をして返事した。
 後ろに立っている女性連邦軍服姿の部下二人――箒と鈴も、今の千冬と近い表情になっていた。
 天下のマオ・インダストリー本社のテストパイロットが、一夏の前ではまったく歯が立たない。さぞ誇らしく思っていることだろう。


 *


 マオ社長と千冬たちがモニター室で観戦している頃に、マオ・インダストリー社第七格納庫にて、一機のPTを囲んで、ツナギを着た作業員達は無言に忙しく作業をしていた。
 ダークブルーの外部装甲に、黄色のV字アンテナ。ヒュッケバインMK-IIと近くても異なる外見を持つその機体は、第三の凶鳥という異名を持つパーソナルトルーパー「ヒュッケバインMK-III」だった。

 「ハロウィン・プランね……」
 「まあ、ギリアム少佐とカイ少佐のプランだからね。量産型ゲシュペンストMK-IIの生産ラインもまだ地上の工場に幾つか残っているし」
 「俺としては、性能が良ければゲシュペンストだろうとヒュッケバインだろうと、どっちでもいいけど」

 開かれているヒュッケバインMK-IIIのコックピットハッチの近くで、機体とケーブルで繋いだ整備端末を操作している青年二人が雑談を交わしながら、機体の調整を進めていた。
 一人は「ブリュンヒルデ」所属のノートゥング01こと、クリストフ・クレマン少尉。もう一人は栗色の髪をしている気の弱そうな青年、リョウト・ヒカワ少尉だった。
 ただの手伝いをしているクリスと違って、リョウト・ヒカワ少尉は技術的な才能を持っているため、連邦軍からの出向という形でマオ・インダストリーに長期滞在している。

 「セシリア、バイオスのデータ更新は一応終わった。そっちで確認してくれ」
 「はい。えっと……確認しました。問題ありません」

 端末の操作を終え、コックピットの中に向けてクリスがそう叫ぶと、操縦席に座っているパイロットスーツ姿のセシリアはすぐにパネルを操作して確認した後、返事を返した。
 セシリアの返事に「オッケー」と言い、クリスは脱いだ制服の上着を整備台の手すりにかけ、タオルで汗を拭きながら目の前にあるこの最新型PTを見上げた。

 このヒュッケバインMK-III・タイプRが、今回の輸送任務の荷物である。細部調整が終わり次第、「ブリュンヒルデ」のシャトルに搬入して地球に降りる予定になっている。
 ヒュッケバインMK-IIIは全部二機製造され、それぞれタイプLとタイプRとされているが、うち一機、タイプLは新型動力炉「トロニウム・エンジン」の制御システム問題でまだ調整中のため、タイプRは先に安定した汎用動力炉である「プラズマ・ジェネレータ」で稼動して、地球に下りて重力環境下での運用テストを行うことになった。
 具体的に誰に渡してテストしてもらうかは、まだ知らされていないが。


 「しかし、まさか受け取るものが最新型のヒュッケバインだなんて思わなかったな」
 「SRX計画が再開したし、MK-IIIの開発は一応最優先だからね」
 「でもリョウトは凄いな。この歳で新型の開発なんて。頭いいんだな」
 「いえいえ、僕はただの手伝いだよ」

 照れ臭そうに頬を掻きながら、リョウトは謙遜的な態度で返事を返した。
 しかしまだ十八の歳で大学すら行ってないのに軍用の最新型PT、しかもEOTをたっぷり詰め込んで「高性能化した小型SRX」を目指しているヒュッケバインMK-IIIの開発に手伝える時点で、既に頭いいとかのレベルを超え、天才と呼ぶべきかもしれない。
 おまけにL5戦役でホワイトスターに突入して生還した、エースパイロットでもある。
 しかし性格が少々というかかなり弱気なのが、玉に瑕かな。

 「なっ、リョウトって、今夜は時間ある?」
 リョウトの肩に手を乗せて彼を抱き寄せ、クリスはまるで女性をデートに誘うような甘い声でそう囁く。

 「えっ? な、何の用事かな……」
 「言わなくても分かるだろう? 大丈夫。初めては優しくするから」
 「えっ、えぇぇええええ?!」
 「どうだ? 今夜、俺たち二人だけで。大丈夫。メイロン少尉には知らせないから」
 
 リョウトの顎を上げさせ、その純情そうな瞳を見つめながら、クリスは妖しげに微笑み、彼を誘う。
 からかい甲斐のあるやつを見ると、からかわずにはいられない。悲しき習性かな。
 そしてリョウトもまんまと勘違いさせられたようで、頬を染めながらも顔が引き攣り始めた。

 「ちょっと! クリスさん!! 何をやっているのですか!?」
 コックピット外の様子がおかしいと直感したセシリアは慌てて飛び出して、抱き合っているように見えた男二人を引き離す。
 そしてクリスの胸倉を掴んで、眉を吊り上げて彼を睨みつける。

 「まったく! わたくしの前で男の方にちょっかいを出すとはどういう了見ですか!!」
 「模擬戦を、誘っただけだが?」
 「えっ?! 模擬戦?」
 「そうだよ。模擬戦だよ」
 早とちりしたセシリアの両頬を軽くつねって、クリスは悪戯な笑顔を浮かべる。

 「んで、どうだ? 一回だけでいいから、リョウトと戦ってみたい」
 「ああ、ごめん。今夜はちょっと……」
 申し訳無さそうな表情して、リョウトは髪を掻きながらクリスの誘いを断った。

 「そうか。残念だけど、諦めるしかないな……」