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スナーク狩り(ルクジェ)

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スナーク狩り


 今となっては昔のことになりますが、あるところにとても頭の良い少年がおりました。
 少年の知性は言葉を喋りだした時分から頭角を現し、物心がつく頃合いには周囲の大人たちは勿論のこと、お偉い学者たちでさえもほんの幼い、自分たちの腰程までしかない背丈の少年に議論で勝つことは出来ませんでした。
 それに加えて少年は人並み外れた魔法の力を持っていました。未だ誰も使ったないことのない魔法を何のことでもないように使い、そして持ち前の知性で更に進化させていきました。
 周りの大人たちは少年を初めは神童だと持て囃しましたが、その一方で少年から距離を置きはじめました。人とは一線を画す能力の高さもありましたが、少年の人形のような美しい外見には氷に似た冷たさがあったのです。まわりの人間は、少年を人間ではないものだと思うようになりました。
 産み落とされた時から周囲の奇異と尊敬と畏怖の目に晒され続けた少年はそんなことは気にせずに一人黙々と成長していきました。少年に敢えて関わりあいになろうという人間は、大抵が少年を使った利益のことばかり考えていましたが、少年はとても頭が良かったので、自分を使って儲けようと企む人間でも使えるならばどんどん自分のために使っていきました。
 そのようにして少年がすっかり成長して青年になりました頃に、一つの転機が彼に訪れたのです。
 彼には興味があることなど既になくなっていたのです。
 全てが器用にこなせる上に容姿も良く、また子どもの頃とは違って外面も良くなった男にとっては自分の思いのままにならないことなどあまり泣くなっておりましたし、自分ひとりでは決してどうにもならないことを熟知できる程度に世界を知ってしまいました。
 けれども、その先を、今知っていることの更に先を知ることが出来れば男はそれで少し安心と暇つぶしをすることが出来ました。他に彼の時間を潰してくれるものなど無かったのです。
 それから男は只管に自分の研究を進めていきました。周りからは賞賛と畏怖と尊敬とで遠巻きにされ、彼の知恵から溢れ出る素晴らしい成果は称えられこそすれども、気がついたら誰も彼のことを理解出来る者は居なくなっておりました。彼は自分を高めれば高める程に自分の世界が狭くなっていくのを感じていました。男の興味があるものがどんどん少なくなっていきました。
 そしてある日、男の危惧していたことが起こりました。男は世界の真理を知ってしまったのです。
 男はその時溜息を吐きました。
 知恵の行き着いた先の何と淋しいことでしょうか。これから男が更にその知恵を研ぎ澄ましていけば、その先にも、そのまた先にも行くことが出来ると彼は解っていましたが、その先の世界に、これまで彼を魅了してきた新しい学問の世界への興味も酷くありきたりなものに思えてきてしまったのです。何故なら彼は真理を悟ってしまったからです。
 男は世界に失望していました。
 これから辿る未来のことをうすぼんやりと考えながら、溜息をもう一つ吐くと、男の溜息に気付いた魔女がやってきました。
「そんな溜息を吐いて何があったのかしら?」
 真っ白の髪をした美しい雪の国の魔女でした。
「何も無いんですよ」
 男が正直に答えました。大抵のことはどうでも良かったのです。雪の国の魔女が悪い魔女だと男は知っていましたが、それでも良かったです。
「あら、そうなの? 世界の真理を知っているのに。あなたは見つけたのでしょう?」
「ええ」
 男が答えると魔女はとても嬉しそうに笑いました。そして懐からフォークを取り出して、男の目に突き刺しました。男に激痛が走りましたが、逃げる間も無くもう一つの目にも、抜かれたフォークによって刺されました。
 激痛に喘ぐ男を見て魔女は笑いました。
「あらあら、痛そうね。でも安心しなさい、目は見えるはずよ。ただ世界の真理を見てしまった目はあってはならないものだから、失くしてあげただけよ。さぁ、目を開きなさい」
 男は魔女に言われた通りに目をゆっくりと開けました。潰れた眼球では目蓋を開けようが暗闇が広がっているだけだと思いましたが、そうではありません。フォークに貫かれる前と一緒の世界が広がっていました。
「それと、あなたは勉強が好きなようだからいくらでも出来るようにしてあげたわ」
 確かに自分の目は潰されたはずだと、疑問に思っていると魔女がまたも愉快そうに笑いながら消えていってしまいました。
 残された男は、自分の目がどうなったのかを確認しようと思って鏡を見てびっくりしました。目が血を溶かしたような赤になっていたのです。しかしそれだけでした。
 魔女が残したフォークと赤く染まった目だけが、魔女と会ったことの証明でしたがその他には特に変わり映えはありませんでした。
 いいえ、実は変わっていたのですが男は気付かなかっただけなのです。
 男が魔女から会った時から、十年、二十年、三十年と経っても年を取らなくなってしまいました。若い容姿のまま男は存在し続けました。そして百年が経ち、男を知っていた人間は全て居なくなりました。
 けれども男が年を取ることはありませんでした。男は魔女にあの時呪いを掛けられたのだと知りました。
 そしてもう一つ、あの日から変わったことがありました。男の食べ物の嗜好です。魔女に目を潰された日から、男は人間の肉しか食べなくなりました。
 最初は普通の食事でよかったのですが、気が付いた時には人間の肉しか食べれなくなっていたのです。
 男はとうとう自分は人間でなくなってしまったと思いました。
 そう思った時、男の頭には小さな角が生えました。

 角が生えても、男に特に変わりばえはありませんでした。山奥でひっそりと暮らし、時々人里に下りては人間を喰らいました。
 人間を食べた日の帰り道、男は一匹の白い蛇に話しかけられました。
「あなたは鬼ですか?」
「ええ、そうです。年も取らず、人を喰らいます」
 男は素直に答えました。
「ほうほう、人間ですか。それではスナークをご存知ですか?」
「スナーク? それは何ですか?」
「とても少ないのですが、人間の中には食べられない程まずい人間がいるのです。それを食べれば舌先は痺れ、酷い苦味にあなたは苦しむことでしょう。しかしそれこそスナークなのです。スナークを見つけたら愛情をこめて育ててごらんなさい。そうすればスナークは、舌が蕩けるような芳醇な甘さと上品な舌触り、そして何にも変えがたい幸福をあなたに齎してくれるはずです。スナークを見つけたら、辛抱強く育ててごらんなさい」
 そう言うと蛇は消えていきました。
 それから男は人間を食べる度に、スナークなのかもしれないと少しだけ期待するようになりました。しかし人間は人間でした。
 男よりも女の肉の方が甘く、大人よりも子ども方が肉は柔らかでした。
 蛇に会ってから幾度の昼と夜を繰り返したころ、男はまた人里に降りて人間を探しました。
 そして目に付いた屋敷に入ったのですが、男は落胆しました。その屋敷の中は血潮に汚れ、住んでいたと思われる上等な衣装を纏った人間は全て死んでいました。