二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

スナーク狩り(ルクジェ)

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

 強盗か何かにでもあったのでしょう。男はそれに対して何の感慨も持ちませんでしたし、荒らされた死体を食べる気にはなりませんでしたので、その場を去ろうとしました。
 しかしその時、がさり、と音がしました。
 衣装棚の中からしたその音に男は耳を欹てて、扉を開けました。
 その中には小さな少年がいました。男を見ると、不思議そうな顔をしました。きっと幼いので家族が殺されたことを知らないのでしょう。
 男はこの小さな体ではあまり食べ応えが無いと思いましたが、腹が減っていたのでこの少年を食べることにしました。
 先ず息の根を止めてしまおうと首筋にかじりつこうとしたのですが、少年の首筋を舐めた刹那、男は少年から飛び退いてしまいました。
 なんという不味さでしょう。
 舌先から痺れを発する悪寒に似た苦味、辛さ、えぐみ。少年は男が今まで口にしたどの人間よりも不味かったのです。
「スナークだ」
 男は呟きました。そうです、この少年こそスナークなのだと思いました。
 男は少年を家に連れ帰り、人喰いの男と少年の生活が始まりました。

 男の家にきた少年は、男に自分の家族はどうしたのかと聞きました。
「強盗によって全員殺されたのだと思います」
 男は率直に真実を伝えました。
 少年は大きな目玉を見開き、その瞳からぼろぼろと涙を零して、それから盛大に泣き声をあげました。
 その声の大きさと言ったら、男の家の玄関から煙突を通っていくほどのもので、男は耳を塞ぎました。しかし耳を塞いでも少年の鳴き声は指の隙間から入ってきて男の脳を揺るがしました。
 仕方ないので男は少年を宥めることにしました。もうどのくらい昔になるかはさっぱり覚えていませんが、男には妹が居まして、その妹が幼い時にしてやったように、少年を抱きかかえて背中をさすってやりました。
 そうするとなんとか少年は泣き止みましたが、その日は男から離れようとはしなかったので男は一日中少年を抱きかかえる羽目になりました。腕は痺れましたが、少年は人喰いの男になついたようでした。
 男には時間が幾らでもありましたし、人生に酷く飽いていたので少年を立派なスナークにすることで時間を潰そうと思いました。
 蛇は愛情をこめて辛抱強く育てることが大事だと言っていたのですが、男は今まで人を愛したことなど無かったのでどうすれば良いのか分りませんでした。
 もし少年が年頃の娘だったのならば、美しいドレスや宝石を与えれば喜ぶのでしょうが、少年を喜ばすにはどうすれば良いのかなど見当も付かなかったのです。男は自分が少年の頃に何をしてもらって嬉しかったのかを思い出そうとしましたが、人間の子どもだった頃の記憶は昔過ぎて薄れていましたし、そもそもそんな記憶など無かったのかもしれませんでした。
「あなたは何が欲しいですか?」
 男の類稀なる頭脳をもってしても分らなかったので、少年に聞くと、少年は間髪いれずに答えを出しました。
「ケーキ!」
 男は里に下って、ケーキを作るための砂糖と牛乳と小麦粉と果物と、型と料理の本を買ってきました。本を読み、男は大きなケーキを焼きました。
 その日、この家の竈に初めて火が点きました。男は人間しか食べなかったからです。
 男の作ったケーキに少年は喜びました。
 笑顔の少年を見て、男は次の日また人里に降りて料理道具と本を買ってきました。
 その日から男の家の竈には毎日火が点るようになりました。
 
 料理をして少年が喜ぶようになると知ると、男は少年の首を舐めました。食べれる頃合になったのかと思ったのです。最初に舐めた時よりも苦くはありませんでしたが、男の顔を顰めさせるには十分すぎました。
「まだまだですね」
 そう言うと、少年が首を捻りました。
「何してるの?」
「味見です」
 男はやはり正直に答えました。
「俺を食べるの?」
「まだ食べません。不味いですから」
「美味しくなったら食べるのか?」
「ええ、私は鬼ですから」
 そう言って男は自分の角を指差しました。
「角があって、目が赤いでしょう?」
「角はちょっと怖いけど、目はきれいだよ」
 少年は何気なくそう言いました。大人と違って少年は男を恐ろしいとは思わないようでした。
「俺が美味しくなったら、嬉しい?」
「ええ、嬉しいです」
「だったら美味しくなるように頑張るね」
 少年は笑いましたので、男も笑いました。少年はきっと自分の置かれた立場が分らないのだと男は思いました。

 男は少年を辛抱強く育てました。暫くはちょくちょく少年の味を見ていましたが、楽しみは取っておいた方が良いと思ってそれも止めました。
 男は少年を丁寧に育てました。
 朝は少年を決まった時間に起こし、昼は少年を育てるために本を書いて生活費を稼ぎ、少年に勉強を教え、日が南中する頃合には毎日菓子を作り、夜は少年と一緒に眠りました。衣装棚の中の暗闇を思い出すのか、少年は一人で寝ることが出来なかったのです。
 少年はすくすくと育っていきました。人喰いに育てられながらも、少年はとても素直に育ちまして、男の手伝いを進んでするようにもなりました。
 そして男が少年を拾ってから春と夏と秋と冬が何度も巡って、そろそろ少年が成人する年齢になりました。
 大人よりも子どもの方が美味しいことを男は良く知っていたので、頃合かと思いました。男は少年と出会ってから不思議と人を食べる気にはならなかったのですが、腹は減っていたのです。少年が本当に美味しいスナークになっているのかは心配でしたが、夜眠る度に少年にキスをしても苦くは無かったので恐らく大丈夫だと思いました。けれども男はなかなか少年を食べようと行動を起こす気にはなれませんでした。
 迷っているうちに、とうとう少年の二十回目の誕生日がやってきました。男は少年が好きな鳥の丸焼きを作り、大きなケーキを作りました。少年はそれをとても喜んで食べました。
 葡萄酒を飲み終わり、少し酔いが回った時に少年が(今や青年となりましたが)銀のフォークを取り出しました。雪の女王が残していったフォークです。男はそれを戸棚にしまっていたのですが、少年はそれを知っていました。
 少年は男にフォークを渡してこう言いました。
「食べて」
 満面の笑顔で幸せそうに言いました。
 男はそれに面食らいました。銀のフォークを握らされても男はどうすれば良いのか分りませんでした。
 少年は男がどうしようかと迷っているうちに、台所の戸棚から塩や砂糖やジャムを取り出して並べました。恐らく味付けのつもりなのだと男は思いました。
 少年は横になって目を閉じました。
 そうすると少年からとても良い香りがして男の鼻腔を擽りました。これまでかいだことのない芳醇な香りにふらふらと引き寄せられ、男は、転がった少年の上でフォークを構えました。
 こくりと喉を鳴らしました。
 少年が素晴らしいスナークであることを男は確信しました。舌が蕩けるように美味しいことでしょう。
 このフォークで心臓を貫けば、きっと少年は苦しまずに済むと男は思いました。きっと心臓も美味しいでしょう。
 男は少年の心臓に正確に狙いを定めました。
 その時、少年が目を開いたので男は大層驚きました。

「ジェイド、愛してる」