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かつみあおい
かつみあおい
novelistID. 2384
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星空サンシャイン

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 舞台は暗闇。座席も暗い。誰しもが闇を見上げ、その余韻に包まれることを願う。
 流れ星に願いをかけるのもいい。アルファ・ケンタウリに親しみを感じるのもいい。

 僕は彼女の腕を取って、恭しく座席までエスコートする。フェルトのソファは、リクライニング深く、すぐに視線は小さな宙へ。
 中央の機械は、機械でありながらもどこか夢見心地で。機能としてはレーザーにも似た光線を出すというだけなのに、ちょっとした医療機器よりずっと高額だ。それが提供するのは、夢か幻か。
 ソファからは泉のように闇が湧いていることを、僕以外誰も気づかない。ただひたすら頭上のショーに夢中になる。手を握ることくらいは許されるだろうか。膝に手をやるくらいは許されるだろうか。
 エンターティメントが意外と好きな彼女は、案外楽しんでいるようだ。それとも故郷のネオンサインによる光害のない空を思い出しているのかもしれない。

 かぐや姫は迎えが来て月に帰る。天女も衣を取り戻してやっぱり天に帰る。
 それを今ではSFとして解釈する向きもあるほど、日常に降りて来た異形の女性と言うのは、宇宙以上に神秘的で素晴らしい。

 逃げてしまわないようにアンドロメダの如く鎖で捕えてしまうべきか、ペルセポネのようにザクロと誠実な心でつなぎとめるか。
 星空も大地も、ゆがんだ恋はいつの時代もいつの場所でも錯綜している。


 池袋に日本一高いビルがあって、日付を「平成」と書くのにまだ違和感があった頃、僕はランドセルの似合うそれはそれは純情可憐な少年だった。少なくとも当時、校庭の鉄棒を引っこ抜いて五度目の整形外科入院を果たした誰かさんよりはよっぽど。
 ちなみに当時の特技は、下部消化管穿孔における切除術だった。銃弾や刃物が一番狙いやすいのは腹部であり、そこに穴が開いてしまうのが、どっちの世界も泡ぶく景気でドンパチ繰り広げている中、やらされる機会が多く得意になってしまうのは至極当然な成り行きだろう?
 だけど、僕は生身より機械を扱うのは少し苦手で、昨日は5台目のゲームボーイを壊した。その年に発売されたばかりの携帯小型ゲーム機に、たくさんの同世代の子どもたちは飛びついる時期だった。電子音のロシア民謡の中、延々と続くパズルゲームを、まだ買えない子どもたちは涎を垂らしてそれを見ていたものだから、知られたら一大事だろう。
 別に破壊が目的ではない。分解して改良をするためだった。
 手で抱えられる程度に気軽に文字が打てるツールに改良出来たらどんなに便利だろうかと。そうしたら、バイクの上に引きこもっている彼女を、どれだけ開放できるか。
 新しい友だちも出来るだろうし、何事をするにもコミュニケーションは必要になる。世の中には、自分の愛する対象を閉じ込めるのが趣味の輩もいるが、僕は包容力のある少年だったので、彼女が僕以外の男性と、喫茶店に入ってコーヒーを注文するくらいなら許せるのだ。ストロベリーパフェを注文したら許さないけど。なお、プリン・ア・ラ・モードはギリギリアウトだ。
 雑司ヶ谷からの蝉の声が響く病院からの帰り道、土産用のフルーツ籠のおつりで購入したホームランバーを舐めたら当たりが出た。安っぽいラクトアイスでも、当たりが出たらもう一本!は嬉しいものだ。とは言え、平和島兄弟と別れて家路についた今となっては、一緒にいるべき存在はアイスを舐め合う間柄ではないので、僕は惜しげもなくそれをゴミ箱に捨てた。
 意外といい音がした。中はアルミ缶でいっぱいだったからだ。プルタブのない缶の隙間には、カラフルな切れ端が見えた。興味本位で引っ張ってみる。なるほどそれは、多色刷りのパンフレットだった。
 ロマンチック、夢のようなきらめき、宝石のような時間を貴方に。
 美麗荘厳な文句が多色刷りで並んでいたが、そんなことより、僕が引きつけられたのは何てことないその場所の特殊性だった。

 山手線の反対側で起こった殺人事件の続報を、世の中にはひどいことをする奴もいるものだな、恐ろしいな、という視線で眺めていた同居人、兼、婚約者(何せ、3年前に僕のお嫁さんになってくれる?という問いかけに、苦笑して同意したんだ。契約成立してると憲法的にも正しい)のセルティの隣に腰かけた。
 僕はセルティに話しかける時はできるだけ、座った状態を選ぶことにしていた。視線の高さが近づくからだ。日本人女性と比べると手足の長い彼女と、平均的日本人小学生より少し低めの僕では、まぎれもない差を否定することは、悲しいことにできなかったのである。

「今度の日曜、出かけよう」
『映画でも見るのか? 魔女の宅急便が人気らしいな』
 メモ帳に書かれた文字に、それも悪くないなと思いながら、パンフレットを広げる。
「ビデオが出てから、ゆっくり見ようよ。そうじゃなくて!」

 セルティは指先でパンフレットを撫でた。点字などでなくても、彼女はこの方法で細かい文字が正確に読める。無意識ながら、読むという高度な知性体にしか許されない行動を指先で行うという動作には惚れた欲目ながらほれぼれする。まったく、ただでさえこの人の指先は美しいというのに。

『プラネタリウム?』
「知っているなら話は早い」
『テレビでやってたな。行きたいのか』
「うん、行きたい! セルティと!!」
『NO WAY!!』
「え〜!!」

 来日五年目のセルティは、強い感情を表現したり、速い返事が必要な時は英語になる。躍動的な文字は、ある種の感動さえ覚えるが、今はそれを愛でる時ではない。
 パンフレットを拾った後、サンシャインのプラネタリウムに赴き、リサーチしてきた情報を理路整然と述べた。
 事情があるヘルメットの客が中に入れるかという質問に、係員は大丈夫という返事をくれたし、入場料だって僕の小づかいで十分だ。ほとんどは真っ暗で、係員でさえも上映中は客の姿は確認できない。ヘルメットなしのセルティとこれほどデートに相応しい場所は他にないだろう。

『夏休みの絵日記に描くことは必要だろうが、他のことにしろ。どうしても行きたいなら友だちを誘え』

 冗談じゃない。絵日記を描く宿題なんて低学年だろう。自由研究は小学生らしくフナの解剖にしておいて、一日目で終わってる。他の宿題にしても済ませた。
 エアコンの効いた部屋からたまに手伝いに駆り出されて、学校がある日は夜にやっていたことが、昼にも出現する。夏休みというのは、それだけの違いしか存在しない。
「ねぇセルティ!」
『仕事に行ってくる』

 何だよこの会話。昼ドラの聞き分けのない子どもとシングルマザーじゃないか。冗談じゃない。歳の差があるのは否定しないが、疑似親子では断じてないんだ。
 結局、その夏はデートらしいデートは出来なかった。海にも行かない、山にも行かない。マンションの窓から見える、あのビルにさえも行けないんだ。
 不満はないけれど、彼女がここにいる、という理由に、首以外の要素があって欲しかった。首に記憶が残っているから彼女がそれに執着しているのなら、今の彼女に新たに与えられた記憶にも彼女は縛られてくれるだろうから。
 例えそれが仮初の人工灯で作られた夜空だとしても。


作品名:星空サンシャイン 作家名:かつみあおい