Keep a silence 3
「お、すっげ。満月」
「本当だー。まんまる」
土門と一之瀬は二人連れ立って夜道を歩いていた。
二次会は延びに延び、結局、終電を逃すような時間での終了となった。二次会参加者は仕方なくタクシーを捕まえるか、二十四時間営業の店で始発までやりすごす事にした。土門と一之瀬は、土門の家が店からさほど遠くなかったので酔い冷ましも兼ねて歩いて帰る事にした。一之瀬は土門の家に泊まっているのだった。
草木も眠るような時間帯の住宅街は人気もなく、大した音量でもないのに少し声を出しただけでやけに響いた。
「しっかし、なんであんなにお開きが延びたんだっけ? そもそも最初に何を話してたか覚えてねーや」
皆社会人になり、普段中々顔をあわせられない上での宴会だった為か、大分酒も入っているせいか、話題が次へ次へと変わっていった。まるで女性同士の会話のように。最終的にはチーム唯一の彼女持ちである宍戸の話題になり、皆でいじめ、もとい、冷やかしているところを店員にラストオーダーの時間である事を告げられた。
「風丸と円堂の話をしてたんでしょ」
「あー、そうだった。そんな話してたなー」
「海外、か………。円堂にとっては悪い話じゃないんだろうけどね」
「……まぁ、でも、風丸の気持ちも解らないわけでもないぜ」
「ん?」
「俺も似たようなもんだったからな。昔は」
「……?」
昔というのは、アメリカに居た頃の事。サッカープレイヤーとして、幼いながらもその才覚を眼にわかるほど表していた一之瀬を前に、土門は喜びつつも焦りを感じていた。
"置いて行かれる"という焦り。
諦めや妥協などという道を見出すには、まだ土門も幼すぎた。
「雷門で再会して、同じフィールドに立ってサッカーして、それでようやく同じ位置に立てた気がした。今もお前はアメリカで、俺は日本に居るけど、あの頃よりずっと近くに感じられる事が出来るよ。マックスが言ってたように適度に距離が取れてるってのは本当かもしれないな」
「………土門、ごめ」
「おっと、謝らないでくれよ。俺が勝手にやっかんで思いこんだだけなんだからさ」
「………ごめん」
「だから、謝るなって」
謝る必要などないのは事実だ。一之瀬はいつもまっすぐで、目標に向かって進んでいた。ただ、それが周りの者より速かっただけの事だった。
「それにさ、俺は………俺だって、お前に謝らないといけない事がある」
「えっ」
「お前は、あの時からこれまでずっと自分が死んだ事にした事実を悔やんでいるけど、俺だって、お前が死んだって聞かされて、すごくひどい事を思った」
「………えっ何て?」
「もう、これで、置いていかれる事もないな……って……」
静かな夏の夜空に、土門の低い声がよく響いた。
一之瀬は、返す言葉を必死に見つけたが、見つからなかった。
「最低だろ? 俺」
「………最低だなんて、そんな……」
「お前が死んだって聞いて哀しくて泣きながら、心の底で少しだけそう思ったんだ」
「………」
「お前の父さんから聞かされた後さ、木野が俺ら言ったんだ」
『泣いちゃダメ! だって一之瀬君はずっと私達の側に居るもの! ずっとサッカーをやってれば、一緒に居られるもの!』
「木野の事だから、いつまでもぐずぐずしてる俺や西垣を励ます為に言ってくれたんだと思う。でも俺はそれを聞いて、そばに居るんだ。じゃあ、もう置いていかれないなって……そんな風に思ったんだぜ」
土門は自嘲するように笑った。自分の愚かさを嘲るように。
「日本に帰って帝国でまたサッカー始めて、何度挫折したか解らないけど、いつも一之瀬が側に居るような気がした。だから、独りでも大丈夫だ、独りでもやってけるって、勝手に思いあがってた。本当に独りで頑張っていたのは、お前なのにな」
「土門………」
「本当に……本当に、ごめん。置いて行かれるなんて……俺が強くなれないせいなのにな」
「そんな………土門だって、謝る事なんてないっ!」
思わず声を荒げてしまい、想像以上に住宅街に声が響いた。土門があわてて制止すると、一之瀬も手で口を抑えた。
「………土門が謝る事なんてないよ。土門がそう思ってしまったのも、元はといえば俺が死んだ事にしろなんて我侭を言ったせいなんだし……弱いのは、俺の方だよ」
「一之瀬………」
今思うと、あの頃は本当に幼かった。サッカーが出来なくなる。それだけでこれから迎える人生の全てに、希望の光をひとかけらも見出せないでいた。友人達の前に出るのも恐ろしかった。哀れみの視線を向けられるのも我慢がならなかった。親友達がそんな真似をしてくるはずがない事を、解っているはずなのに。
だから父を拝み倒して、自分は死んだ事にしてもらった。サッカーが出来ない体なら、死んだ方がマシだと。自分の死がどれほどの者の心情に変化を表すかなど、その頃は想像が出来なかった。幼かった。幼いからこその残酷さだったのだろう。
「今は何があっても、足が無くなったって腕が無くなったって、土門達に会いに来るよ。だって皆、どんな俺でも受け入れてくれるもんね。………うぬぼれかな?」
「うぬぼれなんかじゃないぜ。……俺もさ、一之瀬」
「ん?」
「俺はもう、お前を追いかけるのはやめたよ。もう解ってる。お前みたいな天才には追いかけても追いかけても追いつきやしない」
「土門………」
「だから今度は待つって決めたんだよ。お前はどんなに手の届かない場所に行ったって、俺らの元に必ず帰ってくる。そうだろ? ………こっちの方が、うぬぼれか」
「もちろん、うぬぼれなんかじゃないさ! ………でもなんだか今のってお互いプロポーズみたいだね」
「あー……そうだな。どうせなら女の子に言いたかったなぁ」
「なんでー? 俺じゃダメ?」
「そういう意味ではダメ」
二人の歩く夜道の上では、欠ける事のない満ち足りた月が控えめに、だが曇る事もなく輝き続けていた。
4に続きます。次で終わりです。
作品名:Keep a silence 3 作家名:アンクウ