Keep a silence 3
「ッッ……!!」
「あ………」
叫んだ本人がはっとなったように狼狽していた。自分でも無意識的に言葉が出ていた。そんな事を言うつもりは無かったのに。
「風丸……?どうしたんだ」
「ごめ………ごめん、俺………どうして……?」
「落ち着け、風丸」
「駄目だ……俺、どうかしてる……ごめん」
ひたすら「ごめん」と繰り返す風丸は、やはり視界が安定していないのか、どこか焦点があわない。豪炎寺が思っていた以上に酔いが残っているようだった。
「わかんない………わからないんだ。俺、何がしたいんだろ……」
「大丈夫だ。大丈夫だから、泣くな」
「泣く……? あ、俺、泣いて……」
自分の目尻を指で触れてみると確かに濡れていた。泣いてるという事実に気づくと更に涙が溢れてきた。感情の乱れが止まらない。何かが溢れ出しそうだった。溢れすぎてこぼれ落ちてしまいそうだった。
「………」
豪炎寺は風丸に気づかれないように小さく溜息をついた。決して彼の態度に呆れたのではなく、気づいてやれなかった自分の鈍さに溜息をついた。
「……悪かった……」
「豪炎寺……?っ……」
豪炎寺はそのまま風丸が座り込んでいるベッドに己も腰掛けると、風丸の背に腕を回して自分の胸に風丸の体を押し付けた。
風丸は抵抗もせず同じように豪炎寺の背に腕を回して、シャツの背の部分を握った。きつく握りしめ豪炎寺の体に自分の身を預ける。溢れてこぼれそうになったものを、誰かに受け止めてもらいたかった。本当に受け止めて欲しい人は別の場所に居た。それでも、抱きしめてもらわないと、壊れてしまいそうだった。風丸は自分がどれだけ愚かな事をしているかよく自覚している。だからこそ胸が痛んで仕方が無い。それでも、今は豪炎寺に身を任せるしか出来なかった。
「わかってるんだ………」
風丸が豪炎寺の肩口に顔を埋めたままぽつりと語りだした。
「わかってるんだ。俺は本当は円堂に……行って欲しくないって……そんな事、思ってる……自分で解ってるんだ………」
「……………」
「でも、円堂を応援したい気持ちも嘘じゃないんだ……でも、離れるのは……離れるのは……いやなんだ……」
「そうか………」
「俺、本当にどうしようもないよな。置いて行かれるのが怖いくせに、それをあいつに言う事だって出来ない。言ったら……嫌われてしまいそうだなんて……」
「………………」
「………豪炎寺………どうして? ……俺を軽蔑しないのか? いつも円堂ばっかりのくせに、こうやってお前に頼っている……お前と……こんな関係で………」
風丸がふと豪炎寺を見上げ仰いだ。
「お前を軽蔑する理由なんてあるものか」
それは自分も同じだから。本当に求めている事を自分で解っているのに、今の状態が壊れそうな気がしてそれが怖くて、言い出せない。風丸も豪炎寺もとも"本当の気持ちを言わない"事で嘘を作り上げていた。
豪炎寺は体だけの関係だけでも良いというのは事実だった。それが倫理的に良くはないというのは自覚しているが、風丸が側に居てくれるのは心地よかった。だがふとした時、彼が自分でない者を見据えている事に気づいてしまうと、仕方の無い寂しさを感じてしまう時もある。それも事実だった。
再び唇を重ねる。何度もしている事なのに、その度に何とも言いがたい背徳感に胸が締め付けられるのはお互いの心が揺れに揺れているからだろう。それでも、キスをするのはとても心地よかった。
豪炎寺は風丸の顔を掬い上げ、涙で頬に貼り付いた前髪を掻き分けて耳の後ろにやった。部屋の灯りは最初からつけていないままだったが、目が慣れてきて暗闇でも見えるようになっていた。見上げてくる濡れた瞳と、未だに紅く染まる頬がひどく扇情的で、豪炎寺の眼の奥が暗がりの中で鈍く光った。
豪炎寺は風丸の体をベッドの上に横たえた。抵抗はない。だが、一瞬だけここに居ない人物の顔が脳裏によぎる。それだけが、ほんの少しだけ豪炎寺を拒みたくなってしまう理由だった。もう一度、唇をあわせる。これから始まる行為の合図として。
二人は寝具の底に、深く沈んでいった。
作品名:Keep a silence 3 作家名:アンクウ