ベン・トー~if story~ vol.2
6部 オルトロス
季節は夏。クラスは夏休み前というのもあり、浮かれた状態になっていた。
「藤島、はよー」
「藤澤。おはよう」
俺に挨拶をすると藤澤は近くの席に座る。
「お前、夏休みは何か予定あんの?」
「いや、特には…」
「なら、女子とか誘ってどっか遊びに行かね?」
「済まん、一人でやってくれないか?」
「連れないなぁ。何だ、彼女でも出来たか?」
「あぁ」
「……何、だと…?藤島ぁぁぁっ!!」
その声に、教室中が俺達を見る。
「話してなかったっけ?」
「初耳だよ。で、相手は?」
「槍水仙先輩」
「おま…マジか」
俺は頷く。
「マジで射止めたのか。意外とやるのな、お前。恋愛にはあんま興味なさげだったくせに、惚れたらこれかよ」
「お前も作れば?」
「勝者の余裕か、この野郎」
「お前なんか、黙ってても寄ってくるだろ」
「ま、そうなんだけど。中々いないもんだぜ?気になる子ってのは」
「それも贅沢な悩みだろ」
そんな感じで藤澤の愚痴を延々聞かされた。
しかし、夏休みか。先輩とどこか旅行でも行ってみようかな?
放課後はいつものように部室へ足を運ぶ。そこにはもう、先輩の姿があった。
「藤島、早いな」
「先輩こそ、早いですね」
「ホームルームが早く済んだからな」
俺は先輩の向かいの椅子に座る。
「先輩、もうすぐ夏休みですね」
「そうだな」
「やっぱり実家に帰るんですか?」
「そうしようと思っているが…藤島は?」
「俺は実家暮らしなので」
「そうか、そうだったな」
「それで、先輩。もし良ければ夏休み、一緒にどこか旅行に行きませんか?」
「旅行か。いいかもしれないな。だが、藤島。私達はまだ高校生だ。二人で泊まりがけというのは…」
「あぁ、いえ。日帰りで行ける場所でも良いんです」
「そうか、それなら私は構わないぞ」
「じゃ、決まりですね。今度、どこに行くか決めましょう」
「そうだな」
そこへ佐藤と白粉も部室へやってきた。
そして数時間。今度は奢莪と…
「えっと確か…井ノ上あせび、だったか?」
「うん、そうだけど…お兄ちゃんは?」
そういや初めて直接会ったんだな。それにしてもお兄ちゃんか。うん、悪くないな。
「藤島、どうかしたか?」
「あぁ、いえ。何でもないです。で、俺の名前だったな。俺は藤島大輔。よろしく」
「よろしく~」
ニコッとして井ノ上は俺にそう返してくる。
「それで、そのでっかい包みはなんなの?」
佐藤が質問する。
「これ?これはあせびが佐藤のために作ったんだってさ。手作り弁当だよ」
「そうなんだ」
「頑張って作ったから、いっぱい食べてね」
井ノ上は弁当の包みを机に置く。その間、奢我は佐藤を連れて何やらコソコソやっていた。そして佐藤は椅子に座る。そして弁当箱の蓋を開ける。見た目は美味そうだ。
「…いただきます」
まず1つを佐藤は箸で掴むと口に運ぶ。そして咀嚼を始める。と、佐藤は固まってしまった。
「…美味いか?」
思わず訊いていた。佐藤は無言で食べ進めていく。
「藤島、食べてみるか?」
ある程度食べた所で佐藤が俺にそう言った。
「…あぁ」
興味も手伝って、俺は箸を佐藤から借りる。今思えば、それが間違いだった。
卵焼きを掴む。そして、それを口へ運ぶ。
「いっぱい食べてくれた~♪」
「そっか、良かったな…って、藤島、ダメだ!!」
奢莪が叫ぶも、時すでに遅し。
卵焼き…いや、これは卵焼き…なのか?いや、食感は卵焼きだ。だが、味は…これは、スルメ?
このシューマイは…。
!?
グラタン、だと…!?
角煮、これは…。
鯖の、味噌煮だ…。
やばい、自分が何を食ってるのかわからなくなってきた。
これは、そう…ゲシュタルト崩壊というやつか?何か具合が悪くなってきた…。佐藤、よく耐えれたな…。
そして俺は意識を失った。先輩や皆の心配する声が響いていた。
「……はっ!」
次に目を覚ますと、病院のベッドの上だった。
「ここは…俺は確か…」
記憶を辿ってみる。そうだ、井ノ上の作った弁当を食べたら意識が遠退いて…。
「あれは何だったんだ…」
まだ食欲は出ないな。
「すう…すう…」
「?」
寝息のようなものが聞こえ、見れば先輩がベッドに上半身を預けて眠っていた。時計を見ると深夜2時。半額弁当争奪戦を終えた後、ここへ来て傍にいてくれたんだろう。
「ありがとうございます、先輩」
俺は近くにあった俺の制服のブレザーを先輩にかけてあげた。
翌日。起きると先輩は既にいなかった。学校に行ったんだろう。
少しの間だが、俺は検査入院することになった。別に大したことは無いと思うんだが…。まぁ、費用は全額、井ノ上の実家が負担してくれるらしい。てか、井ノ上の親って医者だったんだな。ここは親が経営する病院らしいし。
そしてさらに数日後。先輩は毎日お見舞いに来てくれた。二人で話したりして過ごした。
だがその日、先輩はお見舞いに来なかった。用事かと思ったが次の日も来なかった。そして、俺は退院した。
次の日、部室へ向かう。が、先輩は来なかった。
「先輩、風邪ひいちゃったみたいでさ。休みなんだ」
「風邪?」
「あぁ。それと、この間…先輩が負けたんだ」
「何だって?」
「先輩が負けたんだ」
部室へ来た佐藤から話を聞いた時は信じられなかった。あの強い先輩が負けるはずはないと思っていたからだ。
「誰にやられたんだ?」
「オルトロスっていう双子の狼だよ」
「そう、か…」
「あの二人は買い物カゴを武器に、凄いコンビネーションで襲ってくるんだ。先輩も応戦はしたんだけど、勝てなかった」
「先輩は今、家に一人か?」
「そうだと思う」
俺は部室を出ると先輩の家へ向かった。
「ここか…」
先輩の家の前に着く。普通のアパートだった。先輩の住む部屋のある階へ行き、部屋の前に着くとインターホンを鳴らす。
扉が開き、先輩が出てくる。先輩は、少し驚いた顔をして俺を見上げていた。そういえば先輩って、普段はブーツ履いてるから気付かないけど意外と小柄なんだな。
「藤島…退院したのか」
「はい。先輩、風邪ひいてたんですね」
「あぁ、ここ最近体調が優れなくてな。まぁ、上がってくれ」
「お邪魔します」
俺は促されるまま先輩の家へお邪魔させてもらう。
「あ、先輩。これ飲んでください」
俺はコンビニ袋に入ったポカリスエットを渡す。先輩はいつもポカリしか飲んでないから、これが良いと思って途中で買ってきた。
「良いのか、ありがとう」
「いえいえ。さ、寝ててください。また熱があがっちゃいますよ」
「そうさせてもらうよ」
先輩はベッドに入って横になる。俺も腰を降ろす。ふと、チラシが目に入る。
「……うなぎ、ですか」
「ん?あぁ、そうだ。土用の日にこの季節限定で販売される弁当だ。通常とは違って、焼きたてのうなぎ弁当がそのまま半額になる。これを目当てに来る狼は相当な数だ。激戦になるだろうな」
「焼きたてって、凄く美味そうじゃないですか」
日付を見れば三日後だった。
「藤島、済まないが薬を買ってきてもらえないか?」
「薬ですか?」
「どうにも熱が下がらなくてな」
先輩は財布からお金を出すと俺に渡す。
「わかりました、いってきます」
俺は先輩の家を出て薬局へ向かった。
薬局へ着き、店内に入る。
「いらっしゃいませー」
作品名:ベン・トー~if story~ vol.2 作家名:Dakuto