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氷雲しょういち
氷雲しょういち
novelistID. 39642
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黒子のメモリ 桃井のナヤミ

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帝光中学バスケ部。
全中三連覇を成し遂げる強豪校である。
中でも、10年に一人の逸材と言える赤司、青峰、黄瀬、紫原、緑間――五人が同時に在籍していた頃、その逸材たちはキセキの世代、と呼ばれた。
彼らをまとめたのは、主将である赤司征十郎。彼らの補助をしていたマネージャーもまた、驚異的な才能を持っていた。
彼女の名は、桃井さつき。
彼女は今、あることに悩んでいた。
「ねぇ、青峰くん」
「うぅん、なんだよ、さつき」
相談しようと、居眠りをしていた帝光中のエースであり、桃井の幼なじみでもある青峰大輝を起こした。
すでに授業は終了しているが。
緑間は隣でキリキリと怒りの視線を青峰に投げている。
「大ちゃ、青峰くん、もう授業終わったよ。来週からの試験、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。たぶんな。お前のノート、またコピらせてくれりゃあな」
「バカか、青峰!!お前が寝た分は自分でどうにかしろ!他人にばかり頼って、それで勉学がまともに身に付くわけないのだよ!!」
全くの正論である……が、
「うるせぇよ、緑間。いいじゃねぇか、たかが試験の1つや2つ」
「それで何回分を赤点スレスレで終わらせるつもりなのだよ!?」
ちなみに、彼らは現在中2である。
早い者はそろそろ受験を考える時期だ。
そんな中青峰は、前回まで、平均41点という赤点寸前を連発していた。
全ての授業を居眠りで過ごしているにも関わらず、だ。
「だいたい、桃井も桃井だ。あんなやつにノートを見せてどうする。だから未だに懲りんのだ」
「うん、幼なじみだから、かな」
「ふんっ。まあ、お前のノートも、なぜ青峰のやつがまだマシな点を取れるのか、甚だ疑問なのだがな」
それは、基礎から総ざらいしている女子特有の細かさに、桃井の観察眼による、青峰専用の一夜漬けノートになっているからである。
互いに火花を散らす青峰と緑間の傍に、突然、
「青峰くん、ちゃんと勉強しないと駄目ですよ」
「うおっ、テツ!?」
「テツくん!?」
「黒子!?」
が現れた。
彼の名は黒子テツヤ。帝光バスケ部のパスに特化したシックスマンである。そして、
「テツくーん!」
と桃井が抱きついたこの黒子こそ、桃井の想い人であり、今回の悩みの種なのだ。
彼に、桃井は恋をしているのだ。
その彼について悩んでいたが、愛しの彼がいる前で、今は一時的に悩みを振り飛ばしている。
なんたって、彼と楽しく過ごしたいからだ。
授業が始まる直前まで、そして青峰たちが桃井の相談を忘れるまで、桃井は黒子と戯れていた。

そして、昼休み、桃井はまず青峰と緑間に頼んだ。
「お願い!テツくんが好きそうな本を探して!」
実は、帝光では桃井たちの中2の九月から、定期考査の後一週間を読書週間とした。
そこで、桃井は黒子に本を紹介しようと考えたのだ。
二人の回答は、
「断る。奴の趣味など知りたくもないのだよ」
「面倒くせーっ」
であった。
「だいたい、テメェが自分で聞きゃいいじゃねぇか、さつき」
という青峰に対し、桃井は、
「は、恥ずかしいの!」
と顔を真っ赤にして応えた。
「じゃあ、青峰くん、聞かなかったら、ノート貸さない」
「はぁぁぁ!?」
この理不尽にはさすがの青峰も堪らない。思わず叫び声を上げた。
青峰はしばらくイラついたが、やがて観念したように、
「わかったよ」
と青峰は重い腰を上げた。
緑間は平然と自分の席に戻った。

青峰が、影が薄い黒子を見つけたのは、昼休み終了10分前である。
キョロキョロしていた青峰に黒子が声をかけた、という形である。
「なあ、テツ、実はさつきが、」
と言うが早いか、青峰はバシンッと景気のよい音を出して、頭をはたかれた。
「いってぇ、なにすんだ、さつき!!」
「なんで私の名前出してるのよ、大ちゃん!!アホなの!?アホ峰なの!!!?」
「はぁぁぁ!!なんでだよ、テメェが言えねぇから、俺が代わりに言ってんだろ!!」
だから名前も出し、誰の言葉かを教えてやろうという青峰の親切のつもりである。
しかし、女子の、こういう場面での『代わりに言う』ことでは、やってはいけないことであるが、青峰は気づかないのだ。
したがって、今のアホ峰、いや青峰には桃井による盛大な理不尽にしか聞こえない。
桃井はその怒りから青峰の襟をつかみ、引きずって教室へ帰った。
そして、昼休みの残り時間は二人の言い合いで消化された。

青峰の代行、失敗

 続いて目をつけたのは、春に一軍に上がり、今は黒子を慕う黄瀬だ。
 黄瀬とはクラスが違い、そもそも休み時間はファンに阻まれ、声をかけるどころではないので、部活中に話してみた。
「ねぇ、きーちゃん、実はね……」
と話すと、黄瀬はすこぶる理解が早く、
「分かったっス!」
「本当っ!」
「要は、黒子っちの読みそうな本を探ってほしいんっスよね」
「うん!」
「任せろっス!」
「ありがとう!!!」
 黄瀬は快諾し、桃井は驚喜した。
 次の日、己の甘さを痛感することとなる。
昼休みになって、黄瀬は廊下でなんとか黒子を見つけた。
「黒子っちー!」
と呼び、手を挙げると、その場の女子全員が振り返った。
彼女らは黒子の存在に全く気づかず、自分に手を振っているのだと勘違いをした。
そして、彼女らは黄瀬に向かって走り出した。
「「「黄瀬くーん!!」」」
黄色い声は一気に黄瀬を取り囲み、人がいい黄瀬は、即座に捕まってしまい、黒子に辿り着く以前に見失ってしまった。
「黒子っちーーーー!!」
黄瀬は、城や親に阻まれたロミオとジュリエットのごとく叫び声を上げたのだった。

黄瀬の代行、失敗。

主将である赤司には頼めないので、最後は紫原が頼りとなった――。
「テツくんにそれを聞くだけでいいから、お願いしていい?ムッくん」
「うぅん、いいよ〜。面倒だけど、まうい棒のためなら」
まうい棒とは、紫原の好むお菓子の名である。
桃井は、それを餌に、頼んだ。
「ありがとっ!!」
桃井は、代行成功を切に祈った。
そして、その日の部活の集合前、黒子がフリースローをしているところに、紫原は向かった。もちろん、桃井は遠くで見ている。
「ねぇ、黒ちーん、」
――バッ、ガツンッ!!
「黒ちんは、なんか本読むー?」
――バッ、ガツン!!
よし、聞けた!やっとムッくんが聞いてくれた、そう思ったが、
「ってゆーか、黒ちん、ホント、シュート下手だね」
「へっ、何ですか?紫原くん」
肝心の黒子が聞いていなかったようだ。
確かに、黒子は青峰ほどではないが、バスケ好きすぎて、練習中、たまに話を聞いていないときがある。
桃井は、紫原が再度聞いてくれることを祈った。
だがやはり、
「だーかーらー、黒ちんが、シュート下手だねって言ったの。辞めたほうがいいよ、バスケ。赤ちんたちの考えは分かんないけど、黒ちん、あんまり意味ないもーん」
「辞めません。僕はバスケが好きだ。監督ならともかく、紫原くんの言葉だけで諦めるつもりはありません。いけませんか?」
「いけないよ。頑張ったって意味ないって、教えてあげてるのに聞かないなんて、ダメだよ」
さて、ここからの言い合いは推して察すべしだ。
喧嘩が始まってしまっては、もう紫原を使っては聞けない。