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走者の領分

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何人分もの寝息が重なり合う小さな水槽のような空間で、何かが肘にぶつかって目が覚めた。キャラバンの座席は全部倒してもけして広いわけではないから、こういうことはよくある。隣で眠っていた円堂がだいぶ斜めに傾いて来ているのに苦笑しながら、そっと押し戻した。自分も寝なおそうと思ったら、体が疲れているのに頭の芯が妙に冴えて眠れない。それも最近はよくあることだった。

遮光カーテンの隙間からそとをのぞくと、窓ガラスに水滴がついていた。眠っているあいだに雨が降ったようだ。高速道路の脇に点々とともるオレンジ色の明かりが、細長くなって後ろへ流れていく。ガードレールを挟んだ隣の斜線を走るトラックのライトが目に刺さり、はっとしてカーテンを閉め直した。皆ぐっすり眠っているのに、起こしたら悪い。北海道へ向かう前に東京にいる総理の所へ寄るため、今日のキャラバンは夜通しで走るのだ。

ここでの生活はまるで合宿のようだけれど、合宿ではない。あまりにも実力差がありすぎる相手に勝つためのチームを作る目的で動き、そのためだけに練習をする日々だ。宇宙人を倒す使命というと壮大すぎてぴんと来ないが、勝たないとたくさんの人が傷つくことは確かだった。だから一見明るく気楽そうでも状況は常にシリアスだし、不安をはらんでもいる。そういうことがあまり表面化しないのは円堂の作る希望的な雰囲気と、それに添おうとする皆の意識があるからだ。
でもそれは多少の努力によって保たれているものだから、糸のゆるむ瞬間はしばしばやってくる。たとえば移動中、会話が途切れて不意に沈黙がおりたとき。こういう時間の流れがぽっかり抜け落ちたような夜中の果てしない空白。

体を揺らす単調な振動の中で寝返りをうちながら、どうしてサッカーしているのかな、と、俺はふと思った。今ここで求められていることはサッカー、必死で頑張っていることもサッカー。もちろん理由があって始め、夢中になって続けてきたことだ。でも唐突に、不意を打たれるようにそう思った。
少し驚き、また憂鬱にもなったから、目を瞑ってイメージトレーニングをしようとした。跳躍して、相手から素早くボールを奪うイメージ。でもそれはあまりうまくゆかず、かわりに昔のことを思い出した。まだ、サッカーをあまり知らなかった頃のことだ。

俺たちの通う小学校に、サッカー部や陸上部はなかった。サッカーだけは、毎週火曜日五時間目にクラブ活動の時間があったけれども、それは週に一時間だけの授業で、正式な部活動ではなかった。朝練、午後練を許可されていたのは、学校側が力を入れていた合唱部とバスケットボール部ぐらいだ。
四年になって、どのクラブを選ぼうか迷っていた俺は、隣のクラスの幼なじみの「サッカーだよ、サッカー! サッカーしかないって! 一緒にサッカーやろうぜ!」と、いう熱烈な誘いを受けて、別にいいよと軽く頷いた。

円堂とは家が近所で、親同士の仲がいい。小学校に上がり、それぞれクラスで友達が増え始めてからはそれほどでもなくなったけれど、昔はよく一緒に遊んだ。もう記憶が薄れるぐらいの小さな頃から、いつ遊んでもサッカーボールを手放さず、何を話しても大方がサッカーとその楽しさを教えてくれたという祖父のところへ話しがかえっていく揺るぎのなさは、あきれを通り越して感心するほどだった。馬鹿がつくぐらい、サッカーが好きな奴なのだ。
なかば強引に誘い込まれたものの、どちらにしても週に一時間だ。いくつかあった運動系の中で、特に苦手な物もない。それに、足の速さが生かせるサッカーを選ぶのは悪くないと思った。

俺は昔から走ることが好きだった。きっと、もともと向いてもいたんだろう。一年の頃からスポーツテストをやらされれば、短距離走は学年で三番以内には必ず入る。運動会や体育祭では、特に希望しなくても気づけば紅白リレーのアンカーになっている。「風丸くんは足が速いからね」と、いう周囲の決まり文句を幼稚園に上がる前からほとんどBGMのように聞いて育った俺の興味は、ごく自然に走ることへ向かった。小学校の途中からは、体力作りをかねて一人でロードワークにもよく出かけた。練習すればしたぶんだけ、誠実に自分へ結果が返ってくる確かな手ごたえがあった。

でも小学校の頃は陸上部というものを知らなかったから、誘われるままにサッカーを選び、週に一回だけボールを蹴った。当時サッカーをしていた記憶は、そのクラブ活動と体育の授業ぐらいのものだ。サッカーは、バスケットボールや野球と同じぐらい気軽に楽しく、それなりに魅力的な、足腰を鍛えるいい運動になるスポーツだった。

その頃円堂はといえば、十一人集まらないから試合のできた試しのないジュニアサッカーのチーム(チームというよりは遊び仲間とかグループに近いようなものだ。もちろん顧問もいなかった)に所属して、当然のように毎日サッカーに明け暮れていた。と、いってもそもそもチームがろくに機能していないから、一人で黙々特訓ばかりを繰り返していたようだ。

夕方、走り込みの途中で鉄塔広場に立ち寄れば、だいたいいつも変わらずそこには円堂の姿があった。坂の下から広場を見上げると、薄闇に少しずつ周囲の景色が沈んでいく中に、筋トレをしたり、木の枝に吊るしたタイヤにぶつかって行ったりするシルエットがぼんやりと見てとれる。それは日常的で、そういう風景の一枚の絵みたいに、きちんとしたいいものだった。その光景を眺めることで、一日に区切りがついてまるく終わる感じがした。声をかけるときもかけないときもあったけれど、ロードワークのコースから広場が見える場所を外したことは、そういえばない。

そんな小学校時代を経て中学に入ると、そこにはちゃんとした「部活」があった。サッカー部も陸上部もあった。陸上部は体育大会でも上位の成績を修め、インターハイを目指す先輩がごろごろいる強い部で、逆にサッカー部はここでも人数が集まらず、細々と活動している同好会のようなゆるい部活だった。円堂はさすがにちょっとがっかりした顔をしていた。

そんなにサッカーがやりたいならば、もっと強いチームが始めからできている学校を選んで入学すればいいようなものだが、なぜか円堂にそういう欲はなかった。強い相手は常に求めていたはずなのに、自分以外の才能だったり、よりいい環境だったり、そういうものを手に入れることはどうも二の次らしいのだ。円堂はその瞬間、目の前にあるものにしか集中しない。始めからそこにあるものの条件が良かろうか悪かろうが、ベスト以上の状態まで引っ張り上げようとするし、実際そうできると、まったく疑わずにあっけらかんと信じている。

だからそのときもすぐに気を取り直して、さっそく同級生の部員確保に励み始めた。成果はあまり上がらなかったようだが。俺も例外なく誘われたけれど、今度はきっぱり断った。円堂は子供みたいに唇をとがらせた。

「ええっ、なんだよ。風丸はサッカー部じゃないのかよ〜」
「ごめんな、陸上部に入るんだ。もう決めてたんだ。そりゃあ、サッカーも好きだけどさ。俺にはこっちのほうが向いてると思うんだよ」
作品名:走者の領分 作家名:haru