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走者の領分

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そのサッカーにかける情熱を鑑みるに、多少はごねられるだろうと思っていた俺は少し構えていたが、円堂は拍子抜けするほどあっさり引いた。
「ああ。お前、走るの好きだもんだなぁ。ま、しょうがないよな。よし、じゃあ、そっちはそっちで頑張れ! お互い全国行けるといいな!」 

あかるく肩を叩かれた俺はほっとすると同時に、ほんの少し違和感をおぼえた。あれっと思うところまでもいたらない、本当にごく僅かな何かのずれを一瞬だけ感覚のどこかでとらえて、そうしてそれがあまりに些細で、理由もわからなかったから、すぐに忘れてしまった。

その違和感に再び巡りあったのは、学年がひとつ上がってしばらく経ってからのことだ。部活帰りに土手の上を通りがかると、河川敷のグラウンドで、円堂が小学生の男女混合チームに混じって練習を指導していた。ゴールの前へ立ち、身振りをまじえてシュートのフォームを教え、蹴り込まれた遅い弱いボールを受け止めては、いいところを見つけて褒める。そういう地道な監督作業だ。

二年になっても部員がいっこうに集まらない、士気もやむなく下がり誰も練習をしない、おまけに弱小だからグラウンドすら空けてもらえない……というサッカー部の部室で円堂はくすぶっていられなかったらしく、自主特訓の合間に小学生の練習をみているという話しはちらりと聞いていた。でも実際に目にしたのは、そのときが初めてだった。

あれじゃあ練習にはならなそうだな、と思いながらその姿を追っていると、隣で明日の小テストの苦悩についてとうとうと語っていた後輩が、俺の気がそれたのに気づいて「聞いてくれてますか?」と、不機嫌に頬をふくらませた。
宮坂はとても素直で、考えていることがほとんど顔に出る。でも円堂みたいなわかりやすさではなくて、もう少しなんというか衆目を知っているふうに、言い方は悪いが、女子みたいな感じで感情がおもてに出る。要領もわりにいい。

宮坂には陸上部へ見学に来た当初から妙になつかれて、その頃はよく一緒に下校していた。着替えて鞄を手に取ると「途中までご一緒しますっ」と、慌てて飛んでくるからだ。先輩の走りのファンなんです、と公言してはどこに行ってもくっついてくることを三年生の先輩たちにはしきりにからかわれて困ったものだったが、自分が下兄弟のいない家で育ったから、そういう末っ子然としたところはもの珍しく可愛く思えた。

「ああ、ごめん。聞いてるよ。あそこに友達がいてさ」
謝ってから土手の下をしめすと、宮坂は首を伸ばしてグラウンドを眺め、不審感を隠さずあらわにした。
「友達って、あの小学生に混じってサッカーしてる人ですか? 何してるんだろう。アルバイト……は、ないですよね。ボランティアですか?」
「いや、好きでやってるんだと思うぜ。あいつはサッカー部だからな。教えがてら、自分の練習もかねてるんだろう」
「あれで練習になんてなるんですか? ちゃんと部活に出たほうがいいと思うけど」
「うちのサッカー部はろくに活動してないから、学校にいてもすることがないんじゃないかな」
「ふうん、大変だなぁ」

宮坂はそう言うとじきにグラウンドの様子からは興味を失ったようで、うちも週末に高校のOBの先輩が練習を見に来てくれるらしいという話しを始めた。俺は相槌をうちながら、なんとなくいつまでも土手下のことが気になっていた。そうしたら、唐突に聞かれた。

「先輩は、サッカー好きなんですか?」
「え……どうして?」
「だって、ずっと小学生のサッカー見てるから。小学校でサッカーやってたのかなぁって思って。僕はバスケでしたよ。今は陸上一筋ですけど! サッカーやってたんですか?」
「うーん、どうだろう。週一のクラブはサッカーだったよ。だから、結構好きかな。今は陸上のことばかり考えているけど」

身を乗り出す勢いで尋ねられて面くらいながらそう答えると、不服そうだった宮坂はぱっと切り替わってにこにこした。じゃあこの話しは終わったとばかり背筋を伸ばし、楽しげにまた部活の話題に戻っていく。

俺はそのときも、どこかしらにかすかな引っかかりを感じた気がしたのだけれど、くるくる忙しく移り変わる宮坂の会話にまぎれて、やはりすぐに違和感を忘れてしまった。そして、その後もしばらく思い出すことはなかった。その、過ぎればなんでもなかったように忘れてしまう違和感が、あるときからしみのように残って、薄くなることはあっても消えることがなくなった。それはちゃんとサッカーを始めた後のことだ。

サッカーで、努力ではどうにもならない相手との圧倒的な実力の壁を感じて行き詰るような状況に置かれてから、うっすら気づいたことがある。俺には、自分が一番バランスをとって、自然に、うまくやれる場所は陸上だとわかっていて陸上を選んだようなところがあった。そんなことずっと、考えたこともなかったけれど。

それは円堂がサッカーを選ぶ選び方とは少し違っていて、でも円堂はそのことに気づかなかった。そして俺も、円堂の隣でサッカーをやらなかったら、たぶん気づかなかったんだと思う。時おりふっと円堂の情熱に揺さぶられながら、そのまま違和感を通り過ぎて、離れて、忘れてしまったんだろう。陸上のほうがサッカーより、単純に絶対的に好きなんだと思ったまま。

結局眠れずに、体の底へ低く響くエンジン音を聞いていると、また背中に何かがぶつかった。顔を向ければ案の定、寝相のよくない円堂が腕をめいっぱい伸ばした格好で眠っていた。正確には寝相が悪いというか、小さくまとまって寝られないらしく、狭いスペースで足も腕も広げるせいで位置がずれていくのだが、監督が寝袋を人数分買うと言っていたから、こういうこともなくなるだろう。とりあえず腕を下げて、シートベルトに引っかかってずり上がっているジャージを引っ張ってやる。そうしたら起こしてしまったようで、円堂は小さくうめいて目をこすった。

「ごめん。起こしたか? お前、変な格好で寝てるからさ」
「うん……。悪ぃ……」
「腹出して寝るなよ。こんなところで風邪なんかひいたら、おおごとになるぞ」
小声で囁くと、しばらくもぞもぞ体の位置を動かしたあとに、寝ぼけた声で聞いてきた。
「……あれ? 風丸は起きてたのかよ? 何してるんだ」
それが結構なボリュームだったので、慌ててシィとたしなめる。それでも皆くたびれているからか、周囲からは身じろぎの音ひとつ聞こえなかった。顔を少し近づけてからまた囁き返す。
「揺れが気になって目が覚めたから、考えごとをしてたんだ」
「考えごとって?」
「……サッカーのこと」

今度はちゃんとひそめられた声に俺はそう答えた。でも、実際は円堂のことを考えていたのかもしれないとも思う。サッカーについて考えることと、円堂について考えることは、多分ほとんど同じことだった。円堂が目の前へ鮮やかに広げてみせる自由な可能性に魅せられてここまで来たことを、認めざるを得ない。同じように魅せられて着いてきた奴は、大勢いる。そしてその可能性は、本当は選ばれた人間だけが持ちえるのではないかと、最近は思うのだ。

「ああ、じゃあ一緒だ。俺もサッカーする夢みてたから」
「そうだな」
作品名:走者の領分 作家名:haru