走者の領分
嬉しそうににぃっと笑いかけられて頷き返したけれど、円堂と自分はおそらく違う、と思う。そう変わらないだろうと思っていた数年前が嘘のようだった。圧倒的に息苦しいほど違って、違うからずっと惹かれていた。それは同じフィールドに立って同じ目線でサッカーに触れてしまったいまや、もう取り返しがつかないぐらい強烈なものになっていた。そのくせ、距離はひらく一方に感じる。
「寝よう、明日も早い」
軽く肩を叩いて円堂に背を向けたあとも、眠ろうとする体に逆らって、もっと速くなりたいという欲求が意識の中ではばをきかせていた。振り払おうとしたら、突然降ってきた「風丸くんは足が速いからね」というフレーズにふいっと絡め取られた。それは幼い記憶の、もう誰だったかもわからない隣の席の女子の声のような気もするし、顔の思い出せない幼稚園の先生の声のような気もする。誇らしいというより、そらおそろしかった。思わず息を詰めて、身を硬くする。そのまま背中を丸めてじっとしていると、軽く背中を小突かれた。
「なあ。眠れないなら、眠くなるまでなんか話してようか」
背後からかけられたひそひそ声に緊迫したどこかが緩み、その安堵感にとろけるように気持ちが添う。同時に、なにか別の緊張が胃の下をきゅっと引き締めた。なんだろう。警告? でも何の?
「いいよ。くたびれて動けなくなるから、寝てろよ。俺もねむたくなってきた」
サインを読みきれなかったことに困惑して、背を向けたまま答える。
俺はなにかを恐れていた。でもそれがなんなのかはわからなかったし、別にわかりたくもなかった。ただ、追い抜かれないように走っていられたら、と願った。今は。
うしろで落ち着かずにごそごそしていた気配が、そのうち柔らかな寝息に変わる。規則的な呼吸が満ちた車内は、暗く静かだった。サッカーのことと、円堂のことを少しだけ考えた。そうして、自分もようやくまた眠りに落ちた。