デンタルラプソディ
「どうした?」
彼の異変に最初に気付いたのは、上司の田中トムだった。
うららかな春の午後、ロッテリアで昼食をとった後、次の仕事場に移動する途中のことである。平日とはいえ、春休みのためかいつもより人であふれている。平和島静雄は池袋最強とおそれられる人間であるが、余所からやってきた人にとっては昼間っからバーテン服を着た金髪の長身の、一風変わった男、程度にしかみえないだろう。トムは、ちらちらと静雄に向けられる視線を感じていたが、本人はまるで気にしていない。
「あー、そのぉ、なんつーか」
その平和島静雄は、もごもごと口の中でことばを転がした。微妙に恥ずかしがっているのがわかる。ああ恥ずかしがっているのか、と思ったが口にはしない。
「歯が痛ぇのか?」
「え、トムさんなんでわかったんすか?」
気付かれていないつもりだったのか、静雄は大袈裟に驚いた。
「そりゃ、ほっぺた押さえて、眉間に皺寄せてりゃ、な」
一目瞭然だ。気付かない方がおかしい。喉元まででかかったことばをトムはのみこむ。あまり理屈をこねると、静雄の逆鱗に触れかねない。
「そ、そうっすかね」
頬を押さえつつ、もごもごと言う。
「歯じゃねえのか。口内炎か?」
「いや…、その、まあ、歯なんすけどね」
「虫歯かよ」
「いや、俺、昔から虫歯は一本もないっす」
「そりゃあ、すげえけどよ。じゃあ、なんだ」
交差点で立ち止まり、トムは首を傾げる。聞き慣れた、哀愁を帯びたメロディが流れはじめる。その音楽にかきけされそうな、小さな声で静雄はつぶやいた。
「それが、たぶん…つーか、ほぼ確実に」
「ん?」
よく聞こえなくてトムは聞き返した。また、もごもごと、居心地に悪そうに、くわえていた煙草を携帯灰皿の中で押し消した。
「親知らず、っす」
彼の異変に最初に気付いたのは、上司の田中トムだった。
うららかな春の午後、ロッテリアで昼食をとった後、次の仕事場に移動する途中のことである。平日とはいえ、春休みのためかいつもより人であふれている。平和島静雄は池袋最強とおそれられる人間であるが、余所からやってきた人にとっては昼間っからバーテン服を着た金髪の長身の、一風変わった男、程度にしかみえないだろう。トムは、ちらちらと静雄に向けられる視線を感じていたが、本人はまるで気にしていない。
「あー、そのぉ、なんつーか」
その平和島静雄は、もごもごと口の中でことばを転がした。微妙に恥ずかしがっているのがわかる。ああ恥ずかしがっているのか、と思ったが口にはしない。
「歯が痛ぇのか?」
「え、トムさんなんでわかったんすか?」
気付かれていないつもりだったのか、静雄は大袈裟に驚いた。
「そりゃ、ほっぺた押さえて、眉間に皺寄せてりゃ、な」
一目瞭然だ。気付かない方がおかしい。喉元まででかかったことばをトムはのみこむ。あまり理屈をこねると、静雄の逆鱗に触れかねない。
「そ、そうっすかね」
頬を押さえつつ、もごもごと言う。
「歯じゃねえのか。口内炎か?」
「いや…、その、まあ、歯なんすけどね」
「虫歯かよ」
「いや、俺、昔から虫歯は一本もないっす」
「そりゃあ、すげえけどよ。じゃあ、なんだ」
交差点で立ち止まり、トムは首を傾げる。聞き慣れた、哀愁を帯びたメロディが流れはじめる。その音楽にかきけされそうな、小さな声で静雄はつぶやいた。
「それが、たぶん…つーか、ほぼ確実に」
「ん?」
よく聞こえなくてトムは聞き返した。また、もごもごと、居心地に悪そうに、くわえていた煙草を携帯灰皿の中で押し消した。
「親知らず、っす」