デンタルラプソディ
「で、全身麻酔して、歯を抜いたってか?」
「そうなんすよ」
午後一時過ぎ。少し遅めのランチを、マクドナルドでとっていた、静雄は昨日の顛末をトムに話していた。きゅいきゅいとバニラシェイクを飲んでいる。食欲ももどってきたのか、ビッグマックにかぶりつき、ポテトをむしゃむしゃと食べている。
「もう痛くもなんともないっす。腫れてもいないみたいだし」
「おお、よかったなあ」
歯医者も無事だ。
「そうなんすけどね…」
食べる手を一端止めて、静雄は少し首を傾げた。
「うん?」
「麻酔してる時に、どうも俺、新羅のこと殴っちまったらしくて…」
ところかわって、池袋の片隅。いわゆる高級マンションの一室。
「ほんと酷いよね……。麻酔の効きがめちゃくちゃ悪い上に、麻酔が効いてるくせにどうしてあんなに正確に殴れるんだ。もうアレは人間センサーだね。手元が狂って違う歯を抜いてしまえばよかった」
そんなことをすれば天国にまで投げ飛ばされてしまうことは重々承知で、つぶやく。もちろん近くに静雄がいないことをわかっているからである。
昨夜、全身麻酔をかけての抜歯が行われた。
効きにくい体質の静雄に、麻酔をかけるのが手間取ったが親知らずを抜くのはそんなに難しいことではなかった。そして麻酔が効いて、静かに横たわっている静雄を見ているうちに、つい魔がさした。こんなチャンスはない。役得だ! 採血したい衝動にかられた腕に針を刺そうとした瞬間に、――静雄の右腕がにわかに動き、頬をふっとばされたのであった。
「なんで歯の治療をして、僕まで歯医者に行かなきゃならないんだ。患者に殴られて歯が折れるなんて”! 闇医者が歯医者に行かなきゃならないなんて、末代までの恥だ! ううん…牛乳につけて置いたけど、ちゃんとくっつくかなあ」
『新羅…、頑張れ。歯医者というのは、おそろしい場所なんだろう? 静雄が言っていた』
「うん…そうだね、セルティ…。僕、頑張るからさ、歯医者に行くまで手を握ってくれる?」
『いくらでも握ってやるぞ。ほら』
「ああ、なんて僕はしあわせなんだろう…。ついでといっちゃなんだが、ねえセルティ、僕を強く抱きしめて、それから熱烈かつ濃厚なキ…」
『調子に乗るなッ!』