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久住@ついった厨
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死が二人を分かつまで -情炎-

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プロローグ





 彼は必死で路面を蹴りつけて走っていた。
 裸足が雨に濡れたアスファルトを踏み締める度に鈍く痛む。それでも走り続けなければならなかった。追い付かれたら連れ戻されてしまう。
 それだけは嫌だ。あんな場所に戻るくらいなら死んだ方がマシだとさえ思う。

「まだ近くにいる筈だ、探せ!」

 走りながら耳を澄ますと、そう遠くないところからそんな声が聞こえてきた。荒々しく人間が動き回る物音が近付いてくる。ぞわりと背筋を嫌な気配が撫でていった。ごく短期間──それでもしっかりと植え付けられた恐怖が、彼の体を竦ませる。だが立ち止まる訳にはいかない。見付かる訳にはいかない。もっと遠くまで、追っ手の掛からないところまで逃げなければ。
 己を奮い立たせて走る速度を上げる彼の前に、突如として高い塀が出現した。辺りを見回して途切れている場所を探すが、そう都合よくある筈もない。彼は歯噛みしながら立ち止まらざるを得なかった。これ以上は進めない。しかし進まなければ捕まってしまう。そうならない為には塀を越える必要がある。
 全ての問題を引き起こしているのは塀だ。一体どうすれば──

「いたぞ! こっちだ!」

 ごく近くから声がして、彼は振り返った。自分の来た道から黒ずくめの男たちが走ってくる。左右の道からも少し遅れて同じような格好の男たちが現れる。瞬く間に退路は完全に塞がれてしまった。
 冷や汗だか雨粒だかよく分からないものが額を流れていく。

「手間かけさせやがって…」
「逃がすなよ」

 悪態を吐きながら男たちは距離を詰めてくる。彼は視線を彷徨わせた。
 嫌だ嫌だ捕まりたくない。
 そればかりが頭の中を巡った。緊張に心拍数が上がり、呼吸が速くなる。と、黒服の群から伸ばされた手が、彼の腕を痛いくらいに掴んだ。ぶわりと全身が総毛立つ。触るな。男の手を振り払ったのは、ほとんど反射に近かった。
 押し殺した苦鳴が上がり、血霧が雨の中に舞う。腕を押さえて膝を突く男に仲間が慌てて手を貸す。そこに生まれた隙を見逃さず、彼は体を撓めた。全身のバネを使って高く跳び──しかし圧倒的に高さが足りない──咄嗟に近くにいた男を踏み台にする。それで漸く塀の縁に足先を引っ掛けることが出来た。
 落ちそうになるのを何とか堪え、男たちがいるのとは反対側に飛び下りる。喚き声が聞こえた気がしたがもう耳には入らない。彼の足裏は先程までと同じように濡れたアスファルトを捉えた。ジンと痺れる脚を叱咤してのろのろと歩き始める。
 見たことのない風景──外だ。逃げ出せた。そのことに彼はほっと息を吐く。途端にとてつもない疲労が襲ってきたが、気付かない振りをして歩き続けた。
 まだ追ってくるかもしれない。出来ればもっと遠くに。
 人気のない路地に入り荒い息を吐いて、唐突に彼は意識を失った。