凌霄花 《第一章 春の名残》
二人は別々に布団に入ったが、寝付けなかった。
しばらくして、早苗はそっと反対側の夫に声をかけた。
「助さん。起きてるか?」
「あぁ。寝られん」
すると、彼はむくりと起き上がり早苗に言った。
「酒でも、飲むか?」
「いい考えだ」
二人で酒を酌み交わした。
しかし、強い早苗はもちろん、弱い助三郎でさえ酔えなかった。
美味くもない酒杯を重ねた後、早苗は俯いた。
以前から彼女は助三郎に『泣き顔を見たくない』と懇願されていた。
しかし、その晩は別だった。
「なぁ、助さん」
「なんだ?」
「…泣いても、良いか?」
「一緒に泣こうか」
そう言った途端、助三郎の胸に女に戻った早苗が飛び込んでいた。
彼女は涙を流し、泣いていた。
そんな妻をしっかり抱きしめ、助三も涙を流した。
しかし、少し経つと、彼女に決意を告げた。
「早苗、泣くのは今晩だけにしよう」
「うん」
「いつまでも泣いてたら、御老公に叱られる」
「うん」
こうして、水戸の佐々木家では静かな時が過ぎて行った。
二人の心も徐々に癒え、日常の生活が戻りつつあった。
…しかし、江戸では大きな事件が起ころうとしていた。
作品名:凌霄花 《第一章 春の名残》 作家名:喜世