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花に想いを

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 暗くなり始めた街を急ぎ足で歩く。
 学校からの帰り道だった。
 学校から住んでいる寮までのこの道はもうすでに慣れているため、周囲を見ずに地面に視線を落としてスタスタと歩く。
 もう辺りには街灯がともり、次第に闇に包まれつつある街の景色を、切れ切れに白く丸く浮かび上がらせている。
 ゆっくりと大股で歩く学生たちの群れを追い越して、アンディは『フゥ』と小さく息を吐く。
 ……遅くなってしまった。
 学校に残っていろいろと仕事をしていたら、いつのまにかもうこんな時間。
 先に帰っているだろう学校の先輩であり寮の同室である相手の顔を思い浮かべると、足を速める。
 きっと、相手は一緒に夕飯をとろうと思って、待っているだろうから。
 別に、いちいち一緒に食べなくてもいいのになぁ……とは思うが、律儀なもので、向こうは待っている。
 待っていることがわかっている以上、急ぐだけだ。
 律儀というか、まあ、一緒に食べたがるので。
 同じ部屋に住んでいるのにひとりで食べるのは淋しいだろう、という相手の言葉が、アンディにはどうも理解できない。
 帰る時間もいつも一緒ってわけじゃないんだし、ご飯なんてそれぞれが食べたい時に食べれば?
 ……って、言ったら、ウォルターが泣き真似をした。
 フウ……。
 思い返して、歩きながら肩をすくめて、ため息を吐く。
 やれやれだ。
(『つれない』だとか『思っても言うな』だとかって……)
 ああ、めんどくさい。
 それでも待っているってわかっているから急ぐけど。
(……ん?)
 なんとなく寮までの距離を確かめるように上げた目が、少し先の街灯の下にたたずむ人影をとらえ、首を傾げさせた。
 遠いけれど、見覚えがある、その姿。
(うわ……)
 気付いた瞬間、パッと横道に入ろうかという考えが頭に浮かんだ。
 でも、相手がしっかりとこちらを見ている以上、今さら背中を向けたところでどうにもならない。
 追いかけてくるか、それとも寮の前に先回りされるか、どちらかだ。
 だって、寮への帰り道での、待ち伏せだし。
(なんでいるんだ、バジル……)
 いや、多分、何か用があるんだろうけど。
 でも、なんで寮への道を知ってるんだ、住んでないのに。
 いやいや、たまたまかもしれないし。
 まだ自分に用があると決まったわけじゃないし。
 他に何もない街灯の下で突っ立ってじっとこっちを見ているからって、誰か違う人を待っているのかもしれないし、ただ歩いていて疲れたから休んでいるだけかもしれないし……。
 おそらく正しいであろう状況の判断分析の結果の把握を必死に拒む脳内。
 嫌すぎる。
(バジルの待ち伏せって……)
 ゾッとする。
 それでも止まらない足。
 アンディはズカズカと街灯の下に立っているバジルに近付いていく。
 傍から見ると待ち合わせのように見える。
(ああもう……)
 白い光を浴びて淡い色の髪を輝かせて立っている垂れ眉吊り目の三白眼は、嫌な感じにニヤリと笑って待っていた。
 厄介事の予感……っていうかもうこの段階でかなり面倒だ……にイラッとしてアンディは不機嫌にバジルをにらみつける。
 どうせ逃れられないことならば早めに片付けた方がいい。楽だ。
「何か用?」
 バジルの真正面で足を止め、キッと見据えて問う。
 ケンカ腰のアンディに、バジルは少し笑みを皮肉げに歪めて、呆れたように言った。
「おいおい、アンディ……クラスメイトにいきなりそれか。こんばんはくらい、ちゃんと言ったらどうだ?」
 てっきり相手も同じくらい険悪に向かってくると思っていたら、予想に反して穏やかなので、アンディは肩透かしを食らった気分で、ちょっと黙り込み、口調を直して言った。
「今まで学校で会ってたんだからそんなこと言わないよ。こんなとこでいったい何してるのさ。ボクに何か用があるなら学校で済ませばよかったのに。っていうか、なんでバジルがボクの通る道を知ってるの?」
 最後は本当に不思議そうに首を傾げて問う。
 いやいや、とバジルが手袋をした手をひらひらと横に振った。
「寮の住所は学校で調べた。必然的に、一番通る道はここだろ?」
「……」
 アンディはこっそりと『明日から道を変えよう』と思った。
「……で、何の用?」
 わざわざ寮の住所まで調べて、わざわざ帰りを待って、いったいなんだっていうのか。
 バジルが片手に持っていたビニール袋を持ち上げて真面目な顔をして言った。
「これをやる」
 なんだか似合わない安っぽい袋……普通のビニール袋だが、まずバジルがそれを使うイメージがないので……を持っていると思ったら、渡すつもりだったのか、と納得する。
 その真剣さと、好奇心につられて、アンディは思わずビニール袋を受け取る。
「じゃあな」
 ビニール袋がアンディの手に渡ると、バジルは空いたその手を軽くあげて、あっさりと身を翻し、さっさと去っていく。
「あ! ちょっとっ……」
 これはどうするの……あ、くれるのか……いや、まだもらうって言ってないのに……という言葉は言う相手をなくして口に出せず。
 視線は去っていく背中と袋に交互に移り、最終的に地面に落ちた。
 げんなりとしてつぶやく。
「やられた……」
 押しつけられた。
 これは何だ。まさか変な物じゃないだろうな。
 おそるおそるビニールの中を覗き込む。
「花……?」
 小さな植木鉢に植えられた植物がちょこんと赤い花を咲かせていた。


作品名:花に想いを 作家名:野村弥広