花に想いを
「花?」
寮に帰って、部屋に入るなりアンディはカバンも降ろさずにスタスタと机に向かって、ドンと植木鉢の入ったビニール袋を置く。
床に座ってベッドにもたれかかって音楽を聞いていた同室の先輩ウォルターが気付いて『おかえり』と言ってくるのに『ただいま』と返して、ガサゴソとビニール袋を下げて植木鉢とそこに植えられた小さな花の姿をあらわにする。
すぐに興味津々といった様子でウォルターが近付いてきて、横から覗き込む。
「おまえが何か持って帰ってくるなんてめずらしいな。どうした? 買ったのか?」
「いや……そういうわけじゃ……」
なんと言っていいものか。
アンディは空をにらみ、迷って言葉を濁らせ、考えてから続けた。
「……帰り道……人に、渡された」
「へえ」
口に出してしまってから、どっと疲れを感じる。
嘘は言っていないんだけど、全部は説明しきれない。
嘘を吐くつもりもないんだけど。
もらいたくてもらったわけじゃないとか、うまく説明できない。
ウォルターとバジルは仲が悪いから、なるだけ名前も出したくないし。
とにかく花がなくなったことでようやくカバンを下ろせる。
バジルがどういうつもりで渡してきたのかわからない以上、道端に置いてくるわけにもいかなかった。
本当に自分が何か持って帰ってくるなんてめずらしすぎる。
ウォルターから何かもらうのだって……おさがりは別として……たいてい断るのに。
それでも、ウォルターはその一言で納得したようだった。
あるいは花に対する好奇心の方が勝ったのか。
「変わってるけど、けっこうカワイイ花じゃん。お、名前とか書いてある。育て方も……ん?」
植木鉢にさしてあったカード……花屋でつけられたものらしい……を引き抜いて見ていたウォルターが目を丸くして固まる。
「どうかしたの?」
どうでもいいよもう、なんて思いながら……実際、この花をどうしようかと考えるのに忙しく、花自体のことはどうでもいい……一応、訊いてみる。
どうせこの花を育てる気はないし、たとえば育て方が変わってるとかだって、何も関係はないのだ。
花は花だ。
上の空でそう訊ねたアンディに、ウォルターの視線が移る。
ジロジロと、それはもうアンディ自身がめずらしいものででもあるかのように、上から下まで眺める。
「なに? ウォルター?」
居たたまれなくなって、アンディは目を半眼にして見つめ返して、ケンカ腰に問う。
「……アンディ、おまえさぁ……」
なんだか細めた目で見下ろして、ウォルターが言いにくそうに渋りながら低い声で言う。
「……最近、なんか盗撮とか、されてない?」
「は?」
アンディはぽかんと口を開ける。
突拍子もないこと言い出すなぁ……と。どうしたのかと首をひねりつつも、言葉を選んで返す。
「いや、盗撮って、フツーされてても気付かないんじゃ……」
「ああ、だよな。じゃあ、なんか視線を感じるってことはない?」
「いやいや……フツーに誰かに見られることくらいあるでしょ」
「じゃあ、後をつけられてるように感じたことは?」
「いやいやいや……何が言いたい?」
ずいっと迫ってくるウォルターを両手で遮り、ぶんぶんと首を横に振り、静かに問い返す。
「アンディ、これ誰にもらった?」
目を据わらせて言ったウォルターが、アンディに見えるように持ち上げたカードの説明文の一部分を指差す。
おとなしくそこに目を落としたアンディはきょとんとする。