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これもひとつのハッピーエンド

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 不満そうに唇を突き出してロベルトが言う。またそんな子どもみたいな仕草を。可愛いなんて思うな、私。騙されるな。
 ロベルトは仕方ないな、と言うように首を振ってため息を吐いた。
 あ、なんかイラっと来た。ため息吐けないようにその口塞いでやりたい。多少息ができなくても構わない。

「今、俺たち何してると思ってます?」
「はぁ? そりゃあ追っ手から逃げてる途中に決まってるじゃない」
「そうですけど!恋人同士の二人が逃げてるこの状況のことっすよ! ……って、恋人同士! うわ、なんていい響きなんだ!」

 ああ、本当にイラっとする。首締めてやりたい。

 ……今のこの状況。周りに認められない恋人同士がともに逃げる行為。

「……駆け落ち?」

 そう口に出した途端、ロベルトががばっと詰め寄ってきた。

「それそれ! それっす!!」

 にこにこと笑って『それ』を繰り返す。
 確かにこれは駆け落ちだ。それに間違いはないけれど。

「だから?」

 白い手袋に包まれたロベルトの手を見る。その手は何だというのか。

「もう、プリンセス。まだ分からないんですか? 駆け落ちと言ったら……手に手を取っての愛の逃避行じゃないっすか!!」
「は?」

 きらきらと瞳を輝かせて、ロベルトは力説した。

「堅く手を繋ぎ、息を弾ませながら走る二人。忍び寄る追っ手の気配。走り続けて足がもつれた女性に『大丈夫か?』と聞いて『大丈夫。 ごめんなさい、足を引っ張って』というやり取り……」
「…………」

 言っておくが、私はいくら遠回りをしているとは言え王都を出るくらいで足をもつれさせたりはしない。基礎体力は十分に備わっているし、今回の取引きで経験もそれなりに積んだ。

「『ああ、追っ手が。私を置いてあなただけでも逃げて!』、『何言ってるんだ、俺はお前がいないと駄目なんだ』。その言葉に涙する女性、盛り上がる二人の甘い雰囲気……」
「…………」

 駆け落ちしておきながら『あなただけでも逃げて』はないわ。ていうか、泣いてないで走れ、お前ら。
 思わずロベルトの妄想の中の不幸に浸る恋人同士に突っ込みを入れる。
 大体ねぇ。

「手なんか繋いで走ってるから余計に疲れるのよ。本気で逃げるなら腕使って走らないと早く走れないし、疲れるだけじゃない。体力、時間の無駄使いね。」

 ばっさりと言い捨てると、ロベルトが声を上げた。

「あーーーー!! 酷ぇ! ちょっとプリンセス、酷いっす! せっかくの愛の逃避行なんだから夢見させて下さいよ!!」
「うるさいわね! 夢なんか見てる間に追っ手に捕まって修羅場を迎えるなんて、私が嫌なのよ!」
「あんたって、どうしてそう現実主義なんっすか!」
「あんたが無駄にロマンチストなだけでしょうが!」

 くだらない、くだらなすぎる。こんな理由で一体どのくらいの時間をここで費やしているのか。頭が痛くなってくる。突然立ち止まったと思ったら、三文恋愛小説の真似事がしたかっただなんて。

「……私は捕まりたくないのよ」

 こめかみを揉みながら呟けば、俺だって捕まりたくないっす、と返ってきた。

「だったら!」
「ねぇ、プリンセス。手を繋いで走っても、絶対に捕まりません。俺を信用して下さいよ」
「……してるわよ」

 一緒に逃げている相手なんだから、そんなのは当たり前だ。私が共にいることを選んだ、私の男。

「信用してるわ。誰よりも」

 その答えに満足したのか、ロベルトが笑った。

「プリンセス。これは駆け落ちっすよ?だから 『普通』 の駆け落ちらしくしましょうよ」

 『普通』 の駆け落ち。
 私が望む『普通』。普通の人と恋に落ちて普通に結婚したい。それが私の望みだった。
 ロベルトは『普通』の人じゃないし、こうして駆け落ちしている以上、『普通』に結婚という訳にはいかなかった。願いは叶ったとは言えない。
 でも(『普通』じゃないけど)ロベルトと恋に落ちて、(悪党の国を敵に回して命を狙われているけど)好きになった人と逃げている。

「『普通』の駆け落ち、ね」
「そうっすよ。これは『普通』の駆け落ちです。だから、それらしい演出は必要でしょう?」

 そう言って懲りずにロベルトは私に手を差し出している。この男はまったく譲る気がないらしい。
 くだらない、本当にくだらないことに時間を使っている。こんな言い合いなんてしていないで、さっさと走り出してしまえばいい。けれど────
 ため息を吐く。結局、絆されてしまうのだ。私も大概ロベルトに甘い。

「……手を繋いでいるせいで捕まったら、絶対に許さないわよ。もし追っ手に捕まって引き離されるようなことになったら、追っ手を叩きのめしてからあんたを全力でひっぱたきに行くわ」

 言いながら、ロベルトを睨む。考えてみれば、黙って自分の行く末を受け入れるなんて、私の性に合わない。まったく合っていない。欲しいものは自分で掴みに行くべきだ。
 私の言葉に目を白黒させるロベルトの、私に差し出しているのとは反対の手を掴んだ。
 私が、あんたを捕まえる。

「さあ、ロベルト=クロムウェル。手に手を取り合って、愛の逃避行をしましょうか?」

 挑戦的に微笑んでみせると、ロベルトが目を細めて笑った。

「あんたって、本当にかっこいい女っすね。プリンセス……アイリーン」




 そうして私たちは王都を駆ける。生まれ育った故郷を離れる。後ろは振り返らない。後ろめたさも郷愁も、後で感じればいい。遠く離れようとも、憎まれようとも。この国が、この場所だけがわたしの故郷。たとえ、二度と帰れなくても、それだけは変わらない事実。

「プリンセス」

 闇の中を走り抜けながら、ロベルトが繋いだ手にぎゅっと力を込めた。

「俺、言ったでしょう、期間中に。『俺に賭けて下されば勝たせてあげるのに』って。あんたの目に狂いはないです。あんたはこうやってあんた自身を俺に賭けてくれた。何が何でも勝たせてあげます。あんたの望みは何だって叶えます」

 帽子の隙間からちらりと横目で私を見て、ロベルトが微笑む。

「幸せにしますよ、アイリーン」

 不覚にも、胸が高鳴った。こんなのキャラじゃないというのに。
 ふと、思い出す。私と駆け落ちしたことで、ロベルトの夢は遠のいた。今後実現が難しい程に、私がロベルトの夢を絶ってしまった。ロベルトも自分のすべてを私に賭けたようなものだ。
 だから、私も応える。

「あんたが私にくれる以上の幸せを、あんたにあげるわ、ロベルト。私に賭けて良かったと、一生をかけて思い知らせてあげる」

 ロベルトが大きく目を瞬いて、それからすぐにぐいぐいと帽子を引っ張り顔を隠し始めた。
 これは間違いなく、照れている。耳が赤い。

「まったく……あんたって、本当にかっこ良すぎます」

 こんな時くらい俺にかっこつけさせて下さいよ、と拗ねるロベルトに、笑ってしまった。
 


 繋いだ手から温もりが伝わる。好きな人と手を取り合って愛の逃避行。