雪割草
親友に何の疑問もないまなざしで見られ、憐みさえも感じてしまった。
「そんなんでよく格さんやってられるわね…助さんや新助さんと一緒にいてそういう話し、出て来ない?」
「そういう話しって?」
「…呆れた。」
その時、扉が開いた。
「由紀さん。男同士って軽い話しはするけど際どい話しは好まないのよ。」
「良かった…。お銀さんか。他の人だったらどうしようかって…。」
「それで、お二人さん、こんなとこで何してるの?」
「この子、今晩遊廓へ仕事に行くのに、何にもわかってないんですけど…。」
「何もって、そういうこと全般?」
「はい。」
お銀は少し考え、確認を取ることにした。
「…ねぇ早苗さん、押し倒すって意味分かる?」
「飛び付いて抱きつくんでしょ?」
「それから?」
「あと、何かするんですか?」
早苗が何にも分かってない意味が良くわかった。
「…ダメね。危ないわ。すぐに教えないと、勝手に遊女に何かされるわ。」
「そうよ、骨抜きにされて足腰立たなくなるかも!男の助さんなんかどうでもよくなるわよ!」
「ねぇ…由紀さん、貴女なんでそんなにそういう話が平気なの?」
あきれたようにお銀に言われた由紀はさらっと返した。
「なんていうんですか?職業病です。寝間に宿直なんてざらにあったので。そういうこと、いやというほど見て聞いてますから。」
「じゃあ、いろいろ知ってるわね。どうやってこの子に教える?将来困るでしょ。」
「本当なら枕絵のきちんとしたのがいいんですが。ありませんよね?春画でもいいんで、そんなに際どくないやつ。手に入りますか?」
「探してくる。ちょっと待っててね。」
そういうとお銀は消えた。
「…なにするの?枕絵って?春画って?」
「心配しないで。祝言前に母上から教えてもらう勉強が早まっただけだから。」
一方、男二人は一緒にいた。
「新助、俺たちと行くか?」
「別にいいです。由紀さんもお銀さんも残るなら一緒においしいもの食べに行きます。」
「天下の島原だぞ?」
「あそこには美味しい物ないからなぁ…。」
「花より団子か…。」
「それにおいらモテませんから。嫌がられるの目に見えてるんで。」
「そうなのか?」
「吉原でもそうだったから…。だから遊郭はいいです。芸者さんの舞を見てる方が好きなんで。好きでもない女の人抱くのなんか性に合いませんし。」
「真面目だな…。実を言うと、俺もあんまり行きたくない…。」
「何でですか?良いじゃないですか。助さんモテるから。」
「そうか?俺、モテるかな?」
「はい。そのいきで楽しんできてくださいよ!」
一通り大事なことを教えた由紀とお銀は、早苗を見て不安になっていた。
「本当に抱かなくたっていいから。お銀さんに言われたマネだけすればいいの。」
「顔まだ真っ赤よ?大丈夫?」
「でも、よくもまぁ全く知らないで男の格好してたわね。」
「…そんなの誰も教えてくれなかったもん。」
「兄上かお父上は?」
男としての機能はまったくないと確か父上に言われた。
忍び働きに使う変わり身の技だからそんなのいらないそうだ。
でも何なのか意味がまったくわからなかった。
違和感も感じた事がなかったので、何とも思ったことがなかった。
今日二人にいろいろ教えられ、何かやっとわかった。恥ずかしすぎる…。
「早苗、結婚したら赤ちゃん欲しいでしょ?」
「うん、欲しい…。」
「これ覚えとけば結婚してから大丈夫だから。ね?」
「…わかった。」
「早苗さん、そろそろ時間じゃない?」
「やっぱり怖い…。男に変わりたくない…。」
「頑張るの。早苗の演技力ならそういう本当のことしなくても女は落とせる。情報聞き出せるから。心配しないの。」
「わかった。…二人とも、ありがとな。覚悟できた。」
「これ念のために持って行きなさい。眠り薬よ。嗅がせればいいだけだから。」
「わかった。ふたりとも、ありがとな。」
意を決して早苗は出かける支度にとりかかった。
その頃、人目を忍んで助三郎は弥七に相談を持ちかけていた。
「弥七。眠り薬持ってないか?」
「何に使うんで?」
「遊廓の潜入だ…。」
「助さん、なにも我慢しなくても…ご隠居は許してくれたんでしょう?」
「…俺、実を言うと、遊廓嫌いなんだ。そういう遊びはしないって決めてるから。」
「…そういうことなら、わかりやした。どうぞ。」
「ありがとな。…頼むからこのことは誰にも言わないでくれ。」
「へい。わかってますぜ。」
助三郎は懐にしまうと、その場から立ち去った。
「…助さん、なんだって?」
お銀が現れた。
「何にも。」
「変なの。そうそう、早苗さんよろしくね。」
「わかった。」
「…でも、可哀想ね。男のふりして遊廓行かないと行けなくなって…。
好きな男がどこかの遊女とよろしくやってるなんて。ひどすぎやしない?」
「お銀、それはちがうな。早苗さんは幸せだ。」
「なんで?」
「いけねぇ。口止めされてた。」
「なんなの?弥七さん。教えて。」
「ダメだ。男の約束だからな。」
早苗と助三郎はやはりついて来ると言った光圀を先頭に島原までの道を歩いていた。
「格さん、さっきからなんで顔が赤い?」
「…なんでもない。気にするな。」
「初めてなんじゃ。ドキドキしておるのじゃろう。」
「そうか。うぶだなぁ。ハハハ!あの、ご隠居、太夫とは会えそうなんですか?」
「もちろん。ついでに二番手の天神も呼んでくれるそうじゃ。楽しみじゃの。」
「さすが、天下のご隠居様だ。あっぱれ!」
恥ずかしすぎて助三郎さまの顔をまともに見られない。
結婚して赤ちゃん産むためには、あんなことしなきゃいけないんだと思うと顔から火が出そうになった。
でも、助三郎さまならいいかな…。
好きな人ならいいかな。
知らないうちに、島原の門の前に来ていた。
昼とは違い、男が大勢いた。
遠くには遊女らしい女の人もいっぱい。
見慣れない光景に足がすくんだ。
「格さん、どうした?」
「怖い…。」
「怖くてもな、潜入して情報聞くんだから、女は買わなきゃだめだぞ。そういうことイヤならしなければいいんだからな。」
「そういうこと?」
「あぁ。いくら疎くても、これくらいはわかるだろ?」
「……。」
無理!
「キツイよな?これ使うか?眠り薬。」
「…いい。お銀にもらったから。」
「おっ。さすがだな。」
そういうと助三郎は懐に薬をしまった。
「…でも、なんで助さんそれ持ってる?」
男の人はそういうことしたくてここにきてるはず。
この人遊廓好きなんだから、女の人眠らせたら、そういうことできなくなって面白くなくなるんじゃないの?
良くわかんない…。
「…それは、その、お前に貸そうと思ってだなぁ。」
「へ?」
「まぁいい、行くぞ。」
ついに、三人は色里の中に入った。