雪割草
本当に、心の底からうれしかった。
初めて貰った贈り物。
わたしのこと想って買ってくれた。
「…着けてくれるか?」
「ううん。着けない。」
「どうして?」
「宝物。…着けるなら祝言の時。でも、着けたら一番に見せてあげる。」
「約束な?」
「うん。約束。」
助三郎からの大切な贈り物を自分の荷物の中に丁寧にしまった。
絶対になくしたりしない。大切な宝物。
晩、光圀の前には格之進に変わった早苗の隣に、助三郎が座っていた。
「早苗はそれで良いのか?」
「はい、道中は危ないので、仕事中は格之進の姿で過ごそうと思います。」
「助さん、異議はないな?」
「男ばかりでむさ苦しいので。早苗のほうがいいんですが…。」
「むさくて悪かったな!」
二人の様子を笑顔で見ていた光圀だったが、真剣な表情になると助三郎に忠告した。
「いくら早苗が許嫁と言っても祝言前じゃ。滅多なことをしてはいかんぞ。」
「はい。男に手は出せませんので、ハハハ。」
「黙れ、スケベ。」
「…可愛げがちっともない。」
可愛いなんて言ったことないくせに!
「何か言ったか?」
「いや、何でもない。でもさ、早苗に、戻ってくれよ。」
「わかった。だったら、俺からも…頼みがある。」
「なんだ?」
言っておかないと、仕事にさしつかえる。
「この姿の時は格之進。一応男だ。早苗の時ほど弱くはない。…俺を守ろうとするな。今まで通りご隠居を第一に考えろ。」
「ぷっ…。」
いきなり目に笑いを浮かべ、吹いたのか、口に手を当てて笑いをこらえていた。
「何笑ってる?聞いてたのか?」
「すまん。中身が女の早苗なのに、俺って言うの聞くと笑えてくる…ハハハ!」
笑わないって言ったくせに。
もう覚えてないの?
「じゃあ、わたしって言おうか!?助三郎様!」
そう言った途端、助三郎が動揺した。
「やめてくれ、お前に『様』扱いされたくない。『助さん』って今まで通りに呼んでくれ。もう本当に笑わないから。」
「わかった。」
安堵した様子の助三郎だったが、まだ何か気がかりがあったようだ。
探るように恐る恐る聞いた。
「あのさ…これからも一緒に武術の鍛練したり、飲みに行けるか?」
「お前がいやじゃなかったらな。」
「やった!あと、格さん…俺の友達でいてくれるか?」
切実なまなざしで見られた。
この人、本当に格之進、友達と思ってくれてたんだ。
「わかった。助さん。」
「ありがとう!良かった…。」
寝る前に、日誌でも書こうと机に向い、筆を走らせていた。気づくと、助三郎がその様子をじっと見ていた。
「どうした?」
「いや、格さんなのに早苗なんだなって…。」
「は?」
「格さん、見た目完全に男だからなぁ。」
「俺だって最初信じられなかった。」
「筆跡も男だもんな。この文いつ書いたんだ?」
そういう彼の手にはヨレヨレになった文があった。
確か、一度文を書いて手渡したっけ。
「まだ持ってるのか?そんな文。」
「…だって、早苗にもらったやつだから。」
何だか笑えてきた。
恋文でも何でもないものを大切に持ってるなんて。
「その文は、夜中にこっそり書いた。」
「そうか…起きてりゃ良かったな。そしたらもっと早くお前の正体知れたのに。」
「鈍感だから無理だろ?」
「そうかもな!ハハハハハ。」
日誌を書き終え、寝ようと支度をし始めると、助三郎が物欲しげに頼んできた。
「なぁ…戻ってくれないのか?」
「もう寝る時間だ、戻らない。」
護衛は主要の仕事だから続ける。
男のままで寝ないともしもの時に危ない。
「…ちぇ、早苗と一緒に寝ようと思ったのに。」
そこに運悪く厠に立っていた光圀が帰って来て、この発言を聞いていた。
「助さん!さっき言ったではないか!早苗には指一本触れるでない!」
「げっ…。冗談ですよ。わかっています。」
そう言うと、ぶつぶつ文句を言いながら布団に入った。
「安全な時には戻るから。そう膨れるな。」
「約束だぞ。…お休み、格さん。」
「お休み。助さん。」
いつもどおり、光圀を挟んで川の字になって眠りについた。