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雪割草

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不安な時、つらい時に相談に乗ってくれる父親がほしかった。
目の前で泣いて愚痴を聞いてくれる相手が欲しかった。

それに、義勝殿は信じていた。
唯一の身内の叔父を疑わずに信じていた。
それを騙して殺そうなんて人のする事じゃない!

「なんとでも言え。死に行くお前がどうすることもできまい。」

「…いや、できる。」

「ほう、何がだ?言ってみろ。」

「…お前を裁き、正当な後継ぎである若様を藩主に上げる!」

演技をやめ、藩主の目の前に立ちはだかった。

「なにっ。なぜ死なない!?」

虫の息と思っていた甥がいきなり蘇生した。
その想定外の事態に叔父は動揺しきっていた。

「飲んでないんだよ!誰が飲むか!」

「ならば、刺殺してくれる!」
隠し持っていた短刀を引き抜いた。

刃物は茶室には持ち込まないはずなのに。
不覚だった。素手で闘うしかない。

構えたその時だった。
目の前を何かが風を切って飛んできた。

「なんだ!?」

藩主は相当驚いたようだが、助三郎は慣れていた。
弥七か?
しかし、よく見ると風車ではなく矢だった。
矢柄に文がくくりつけてある、矢文。
叔父は恐る恐るその文を開くと、達筆で
『外に出ろ、出なければ火矢を打ち込む』とあった。

急いで外へでると近くの築山に男が二人立っていた。
義勝と早苗だった。

「なに!?お前は誰だ!?」
二人も甥が居ることに動揺していた。

「おっさん、俺は義勝じゃないんだ。残念だったな!」

本来なら藩主に向かってのとんでもない暴言だったが、助三郎はすぐに裁かれる男を敬うことなどできなかった。



「叔父上、全てお聞かせいただいた!父上母上の仇、とらせていただく!」

「…格好良い。」

隣で早苗は義勝を見ながらつぶやいた。
剣、柔、槍全て苦手な義勝が弓の名手だったのが驚きだった。
弓を引き分け、矢を放つ時の研ぎ澄まされた表情は助三郎では見たことがなく、印象的だった。

「黙れ!義勝。今から始末してくれるわ!」

怒鳴る叔父だったが、甥は冷静だった。
「叔父上、思い出しましたよ。私がなぜ刀が恐ろしいのか。」

「なに?」

「ある朝、母上が私を迎えに来てくれませんでした。前の晩約束したのに。
そこで、乳母について様子を伺いに行ってみると、母上は畳の上で冷たくなっていた。
手には、血の付いた懐剣が握らされていた。
刃物など持ったことのない母上が自害などできる訳がない。貴方の手の者に殺されたんだ!」

今まで義勝がしたことのない怒りにあふれた表情だった。
その甥の表情に驚き、叔父は配下の者の応援を呼ぼうと試みた。

「こいつは、義勝の名を騙る曲者だ!出会え!出会え!」

「無駄な抵抗は控えられよ。叔父上の味方はもうおりません。」

「なに?」

そのはずだった。お銀が藩主子飼いの忍びを仕留め、弥七が内通していた奥女中、表の藩士をすべて捕らえた。

「ならばわし一人で!」
そう言って刀を抜こうとした叔父の腕に義勝は矢を射込んだ。

「ぐっ。腕が…。」
無論、治療したら治りはするが、剣は使えなくなる。
反抗する意欲を削いだ。
さすがに諦めがついたらしく、腕から血を流しながら喚いた。

「殺すなら殺せ!」

「…私は貴方とは違う。殺しはしない。」

「なら、助けてくれ。なんでもするから。」
みっともなく命乞いしはじめた。
これに対し、優しい心根の義勝だったが、冷静に処分を言い渡した。

「蟄居謹慎の後、切腹を命じる。引っ立てよ。」

「義勝!頼む。後生だ。年取った叔父を哀れと思って助けてくれ!」

家来に引っ立てられながら尚も悪あがきをする叔父を寂しそうに見やるだけで、義勝は何もしなかった。


そこへ、光圀がやってきた。
「義勝殿、終わりましたか?」

「はい。おかげさまで、無事に。」

「良かった、良かった。」

満足そうに笑う老人を見て、出会った時から抱いていた疑問を聞いてみた。
「あの、ご隠居様、どうかご身分を御明かしください。」

「知りたいかな?」

「はい。ぜひとも。」
そう言われると、光圀は早苗に命じた。

「早苗。」

「はい。」

懐から印籠を出し、そっと見せた。

「…やはり。恐れ入りました。このような不始末を致したからには、御取り潰しは必定。
御裁きを。」

「そうは言ってもの。ワシはなにも見ておらん。何も聞いておらん。
それに、助さんが勝手に暴れただけじゃ。」

「それは、いったい…。」
はっと気が付いた。
そういえば、助さんの格好のままだった。ご隠居様は見逃してくださっているんだ。

「御老公様…。」

「…今は越後のちりめん問屋の隠居じゃ。何の権力もない。お前さんの人格に免じて上様には何も言わない。」

「ありがとうございます…。」
感無量で突っ伏したまま泣いた。
安堵、悲しみ、驚き、喜びが混じっていた。


「義勝殿、小夜さん連れてきましたよ。」
弥七にそういわれて顔を上げると、言葉通り小夜がいた。

「なに泣いていらっしゃるんです?」

「…あ、小夜、無事だったか?」

「わたくしのことより、そのような町人の身形、早くお着替えを!」

怒られた。
再会の喜びはないのか…。
ちょっとがっかりして、早苗を見ると、『がんばれ』と目で応援していた。

「…小夜、折り入って頼みがある。」

「なんでございますか?」

「…一緒に江戸へ来てくれないか?」

「若様付きは当然にございます。」

「いや、江戸の屋敷にずっといる事になる。」

「あちらの取締役ですか?」

「そうじゃない…。あの…なんて言ったら良いかな。」

「もう、はっきりおっしゃい!昔から何時もそう。貴方男でしょう?」

そういえば早苗さんに言われた、はっきりしてくれないと不安でたまらなくなると。

「…室になって欲しい!」

「はい?」

「小夜が好きだ。だから、小夜を正室に向かえたい。」

「……。」

「家老の長女だ。身分に不足はない。と思う。」

「……。」

「イヤか?」

返事の代わりに、頬を張る音が響いた。

「痛い…。普段より強い…。」

「義勝、十年早いわ!風呂でわたくしに手も出さない、寝間にも連れ込まないで良く言うわね!」

しかし小夜は泣いていた。笑いながら涙を流していた。

「小夜、良いのか?」

「貴方の頼みなら受けましょう。弟みたいな貴方の奥さんは微妙ですが…。」



傍で聞いていた助三郎は吹いた。
「小夜さんって若様より年上か!?あんな凶暴女よく好きになるな。信じられん。」

「美人に叩かれたり、怒られたりするとゾクってして良いっていう男の人居るでしょ?」
さらっと言ってのけた由紀は口調も態度も若菜ではなく、由紀だった。

「おっ、やっと普通の由紀さんに戻ったな。」

「そんな事より、早く愛しの早苗の所へ行きなさい!」


そうだった。俺には優しい同い年の、時々男友達の、格好良くて可愛い許嫁がいる。

「格さん。ただいま。」

「……。」
無言でじっと見られた。

「どうした?」

「…助さん?」

「あぁ。」
そういったとたん、早苗のこわばっていた表情が崩れた。

「助三郎だ…。助三郎!」

「ぐはっ…。」
作品名:雪割草 作家名:喜世