雪割草
聞かれるとまずいからの。」
「はい。」
部屋の隅で、許嫁が突き返してきた贈り物だった櫛、手作りしてくれたお守りを手に、一人でぼんやりと考え事をしていた助三郎に光圀は声をかけた。
「助さん。ちょっといいかな?」
「何か私に御用ですか?」
「お前さんに言いたいことがある。嫁についてじゃ。」
「…え?」
「お前さんに新しい縁談を探さねばならんが。どうじゃ、希望はあるかの?」
「縁談など無用です。私には早苗がいます!」
「そのことじゃが…早いうちに婚約破棄して、早苗は忘れて、新しい普通のおなごを探しなさい。」
「なぜです?そんなことできません!」
「…どうしても早苗に諦めがつかないなら、茜さんを嫁にすれば良いではないか?
あの娘となら身分も釣り合う。藩の為にも良い話だ。立身出世も夢ではないぞ。
それに、彼方もお前さんを嫌いではなさそうであったしの。
どうじゃ?ワシの力でどうとでもなるが。」
「お言葉ですが、茜さんは早苗ではありません。姿が瓜二つでも中身が全く違います。
…わたしが好きなのは橋野早苗です。彼女の代わりは絶対にいません!出世の為の結婚などしたくありません!」
「そうは言ってもの…。早苗の中身は消えかけておるではないか。
もうあきらめたほうがお前さんのためじゃ。」
「いいえ、彼女の心は健在です。彼女に『嫌いで顔も見たくない』と言われるまでは諦めたくありません。機嫌が直るまで、謝るつもりです。」
まったくわかっていない。早苗は怒って助三郎を避けているのではない。
心はすでに病んでいる。
女に戻れない恐怖に押しつぶされ、好きな男にとんでもないことを言われ傷ついた。
本心を押し殺し、助三郎を遠ざけたせいで疲れきった。
今にもおかしくなりそうなことに全く気づいていない。
「…口でそう言っておってもの、らちがあかない。わかっておろう?」
「はい。しかし…。」
「あれから何も変わってないではないか。余計悪くなるっておる。
早苗に一方的に投げ飛ばされたそうではないか。それが証拠ではないのか?あれは心まで男になりつつある。」
「……失礼します。」
助三郎は、耐えきれなかったようでどこへともなく足早に去って行った。
脅しをかけてはみたが、何の進展も望めなかった。
早苗が危ない。一刻を争う。
どうしたものか…。
光圀が一人考えているところに早苗が外出から戻ってきた。
「…ご隠居、明日の晩、助さんと二人だけで話させてください。」
「何をする気だ?」
無性にイヤな予感がした。
「これ以上助さんに近寄られたくないので…口ではっきりと言います。
ですから、明日一晩時間をください。」
「わかった。」
早苗が去った後、光圀は弥七をひそかに呼び寄せた。
「…弥七。早苗を明日丸一日見張れ。イヤな予感がする。」
「へい。お任せを。」