雪割草
「さぁ、行きましょ。」
「あぁ。」
祝言は華やかに行われた。
幸せそうな由紀を眺め早苗は幸せになり、自身の結婚にも希望を抱いた。
しかし、隣の助三郎は主役の花嫁を見ずにずっと早苗を眺めていた。
早苗は恥ずかしさと、申し訳なさでいっぱいになり、何を血迷ったか、助三郎の膝を思いっきり抓っていた。
叫びそうになった彼をまたも軽く叩いて静めさせると、気付いた由紀と与兵衛に笑われた。
お孝もお孝で、周りが武家ばかりで緊張していたが、新助が料理に一人ガッついていたので、叱って気を紛らわせていた。
しかし、祝いの酒の酔いが回ってくると、無礼講になり、武家も町人も分け隔てなく騒いだ。
楽しく明るい祝言は夜が更ける前にお開きとなり、返りがけに花嫁と花婿がお見送りをしてくれた。
仲の良い仲間は最後まで残り、別れを惜しんだ。
「文で祝言の日どり知らせるから、必ず来てね。」
「もちろんよ。」
「由紀さん、おやすみなさい。」
「おやすみ!」
その傍で助三郎と新助は酒のせいか変な事を与兵衛に話していた。
「与兵衛さん、今晩がんばれ。」
「がんばってください!」
「はい!」
何のことかうすうすわかった早苗は恥ずかしかったがお孝と二人でしっかりお灸を据えた。
「こら。二人ともスケベなこと言わないの!」
「そうよ。新助さんも。…ねぇ何持ってるの?」
お孝は新助の着物の袖が膨らんでいることに気がついた。
「…御馳走の余り。」
「あんなに食べたのにまだ入るの?」
「…おいしかったから。同じようなの作れたらいいなって。」
彼女はあきれ返ったが、新助らしいので許した。
「そう、まぁいいわ。作れるといいわね。」
酔いが回ってきたらしい助三郎は与兵衛にまたおバカな話をしていた。
「…与兵衛さん、今晩の武勇伝ぜひ水戸で聞かせてくださいね。」
「さて、良い話ができるか…。」
いい加減に下ネタがイヤになった早苗は助三郎を引っ掴んで帰宅の途についた。
「もう、ドスケベ!いい加減にしなさい!」
「はいはい。」
「『はい』は一回でいいの!帰るわよ!八嶋様、失礼いたします。」
男同士の時も、男女の時もたいして変わらない二人の様子を新婚夫婦は微笑ましく見送った。
姿が見えなくなるや否や、由紀は夫に迫った。
男友達の激励は正しかった。
「…さぁ、与兵衛さま。覚悟はいい?寝かせないわよ。」
「え?…あぁ。行こうか。」
由紀と与兵衛の二人だけの夜が待っていた。
新助とお孝とも別れ、早苗と助三郎は二人だけになった。
「由紀の白無垢綺麗だったわ。」
「あぁ。でもまだまだだ。」
「どうして?」
「早苗が一番だからだ!」
恥ずかしげもなく、のろけを言う彼が恥ずかしかった。
「もう!早く帰るわよ。明日早いからね。」
「夜明け前に出立だったな。もうすぐ水戸か。」
感慨深げに言う助三郎だった。
「やっと恋しいお家に帰れるわよ。」
「そうだな。懐かしいな。」
「だったら、さっさと歩く!」
そう言ったにも関わらず、助三郎は歩みをとめた。
「…いやだ。ゆっくり帰りたい。」
「なんで?」
フッと笑うと、キザって話し始めた。
「無粋だな。せっかく二人っきりなんだからさ。ゆっくり行こう。」
そっと早苗の手を握った。
「…うれしい?」
「あぁ、久しぶりのお武家のお嬢様姿もな。水戸以来だ。もっと見てたい。」
じっと見つめられ、早苗は赤くなった。
「さっきも見てたでしょ?恥ずかしい…。」
「だって、あんまりにも早苗が…。」
「言わなくていい!さあ、歩く!」
一人で歩きだした早苗の姿に堪らなくなった助三郎はついつい独り言を言っていた。
「…ヤバい、可愛い。…いかん、我慢だ。でも、後数刻であいつは男だ。あぁ…。」
「なんか言った?」
「いや、何にも!」
二人は再び大人しく手をつないで、屋敷へ向かった。