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雪割草

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〈90〉由紀の祝言



由紀の祝言の日になった。
光圀は朝から紀州藩へお呼ばれで、夜遅くまでかかってしまうので不参加になった。
最後まで文句を言っていたが、仕方がない。
八嶋邸には早苗、助三郎、お銀、新助、お孝で向かうことになった。

屋敷を出る刻限になったが、助三郎は一人で待たされていた。
うろうろしながら待っていたが耐えかねていた。

「早苗、お銀。置いてくぞ、まだか?」

「もう終わったわよ。行きましょ。」

お銀の格好に助三郎は少し拍子抜けした。
武家の妻女の格好ではなかったからだ。

「お銀、どこの女中だ?」

「しょうがないでしょ。わたしは影の人間だから本当はああいう席は出られないの!」

「…悪い。すまなかった。」

ずっと一緒に苦楽を共にしてきたので、気付かなかった。
お銀とも生きる世界が違うということを実感させられ、なんとなく気まずくなってしまった。
身分という言葉に重みを感じた。

「まぁ、いいわ。わたしも挨拶だけで弥七さんと一緒に失礼するから。」

弥七も出ないと言い続けていたが、由紀に懇願され挨拶だけすることになっていた。
おそらく門からは入らず、屋根からこっそりとだろうが。


「そうか、なぁ、それより早苗は?」

「待てない男は嫌われるわよ、ほら来たわ。」

今度こそ武家娘の姿を期待したが、裏切られた。
眼の前にやってきたのは、正装の男だった。

「…助三郎、変じゃないか?」

「…格之進か。お前男のくせに着替えるの遅いな。」

精一杯のイヤミを言って、自身の落胆を軽減させようとした。
それに、男前の友達がうらやましくて仕方がなかった。

「うるさい。女の方の着付けが時間かかったんだ。」

「…ちっ。覗きに行けば良かった。早苗に会えたのに。」

「黙れ、スケベ。で、どうだ?」

「ふん。俺に聞くな。」

「なんでだ?」



支度もできた所で、出発した。
相変わらず助三郎の機嫌はあまり良くなかった。

「…なぁ、なんで早苗じゃない?御老公いないんだしさぁ。」

「屋敷に女中でもない女が居たらヤバいだろ?」

「……。」

「それに、格之進でも挨拶が要る。」

「でも…。」

未練タラタラの助三郎に嫌気がさした。

「先に早苗で、後はずっと俺がいいのか?」

「…わかったよ。我慢するさ。」

早苗はがっかりする彼を少しからかいたくなった。
意地悪く聞いた。

「なんでそんなに姉貴に会いたいんだ?」

「好きだからだ!」

真剣な表情で恥ずかしげもなく言う姿にあっけにとられた。

「可愛い姿を一目でいいから拝みたい。…あの晩から一回も拝んでないあの姿を!」

二人で布団の中でこそこそイチャついて以来、助三郎の前で女に戻ってないので、顔を見せるどころか、互いに触れてさえいなかった。
その欲求不満なのか、早苗をやたらに褒める許嫁は恥ずかしかった。

「…もういい。やめろ。」

「早く会いたい。俺の早苗!」





屋敷に着くと、二人の控え室に向かった。
与兵衛へ、男の友として由紀を頼んだ。

「…由紀殿を末永く大切に。お願い申し上げます。」

「心得てござる。」

「また、機会があれば与兵衛殿と酒が飲みとうございます。」

「はい、ぜひ。皆で一杯やりましょう。」

「では、それがしはこれにて失礼致す。」



次に由紀の所へ行った。
彼女は白無垢を着こみ、お化粧をして座っていた。
いつもより数倍綺麗な彼女がうらやましくなった。
しかし、早苗は渥美格之進として挨拶に来ていることは忘れなかった。

「由紀さん、よかったな。与兵衛さんはいい男だ。間違いない。」

「ありがとう。絶対幸せになるわ。貴方も奥さんみつけなさいよ。」

「残念だが、俺は一生独り身だ。」

冗談半分、本気半分だった。
夫となる助三郎以外は絶対に嫌だった。
しかし、由紀は意味を歪曲した。

「…一生お姉ちゃんと二人で助さん奪いあうつもり?」

この場に及んでもおかしな趣味を忘れない親友が情けなくなり、返す言葉がなかった。

「……。」

「頑張ってね。いつか必ず報われるから。振り向いてくれるから。」

変に眼を輝かせる由紀がうすら怖くなった早苗だったが、祝いの席で怒鳴るのも興ざめなので冷静に返した。

「…わかったよ。じゃあ、これで失礼。」

「またね。格さん。」




いったん退出し、女の姿に戻った。
それを近くにいた助三郎が目ざとく見つけ、喜んでくっついてきた。

「あぁ、早苗だ。」

「……。」

「なぁ早苗、ちょっといいか?」

しつこい許嫁を無視して由紀の所へ向かった。
控室の目の前に来ても離れなかったので少し苛立った。
目一杯、かわいい振りをして助三郎に向って言った。

「助三郎さま。お願いがあるの。」

「なんだ?何でも聞くぞ。」

にやけ過ぎて、だらしなくなっていることに気が付いていない許嫁は情けない以外の何者でもなかった。

「あのね。その…。」

「あぁ。なんだ?」

「…あっちいってろ!しばらく近寄るんじゃない!しつこいんだよ!」

眼の前で男に変わり、思いっきり驚かせて追い払った。
半泣きで去って行く姿がかわいそうだったが、友達同士の会話を邪魔されたくない。


「由紀、おめでとう。」

「ありがとう。」

「良い奥様になってね。あの趣味はもうダメだからね。」

先ほどの危ない趣味を今度こそ止めようと試みた。
しかし、意味は無かった。

「イヤよ。ずっと貴女の弟と助さんを見続けるんだから。」

「もう!」

やめるつもりはさらさらないらしい。


「…ずっと、友達だからね。文ちょうだいね。」

「うん。遊びに来られたら来るね。」

「約束よ。それと、水戸のみんなによろしくね。早苗の祝言の時に会えるかしら?」

「わたしの留守中に結婚しちゃってたらわからないけどね。」

「まぁ、大丈夫じゃない?」

「うん。あ、そう言えば文を御老公さまとクロから預かってきたわ。はい。」

早苗は懐から二つの文を取り出した。

「長そうな文ね。さすが御老公様だわ。あとでゆっくり読ませていただきます。それと、これってクロの足跡よね?わたし欲しかったの!」

助三郎に一度渡した時に由紀も見ていたが、機密保持のために燃やしてしまったので残ってはいなかった。

「どう?お祝だからって、後ろ足もつけてくれたの。」

「可愛い!ありがとう。これは燃やさずにしっかりとっておくわ。」


一緒に行きたがったクロの精一杯の気持ちを、由紀に渡した。
これで、クロも満足してくれるはず。

「…じゃあ、そろそろみたいだから行くね。」

「えぇ。ゆっくりしていってね。」




花嫁の前から退出し、先ほど驚かせてしまった許嫁を探した。
案の定打ちひしがれ、庭の近くの縁側の目立たない所で一人泣いていた。
祝いの席で悲しくて泣くなど不謹慎極まりないので、隠れて泣いているつもりらしかった。

「なに泣いてるの?」

「…早苗に、しつこいって言われた。俺、嫌われた。」

「あれは弟。ね?泣きやんで。」

「…早苗?」

やっと顔をあげた助三郎は、早苗の顔を見るとパッと泣きやみ、さっきのニヤけただらしのない顔ではなくなっていた。
作品名:雪割草 作家名:喜世