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雪割草

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助三郎は盃を一口で飲み干し、媒酌人の者に笑われた。

「…三回で飲んでください。」

「…すみません、喉が渇いたもので。」

「…お父上に似て弱いのにお酒好きね。」

「…もう一杯お願いできますか?」

相変わらず、いい加減な花婿の隣で、早苗は笑っていた。
お酒好きな男に戻ってくれた。飲みすぎを注意する必要がでてくるけど…。

その後、光圀自ら二人に挨拶をした。
先代藩主のお出ましで恐縮していたが、光圀が認めた結婚という絶大な効果を与えた。
橋野家は問題なかったが、佐々木家の親戚の中で、不満をいまだに抱えた輩が数人いたからだ。

「助三郎、早苗、良い夫婦になるのじゃよ。」

「はっ。」

「はい。」

「互いに励みなさい。それと、…格之進によろしくな。」

「…はい。」

「…今呼ばんでいいぞ。どんな姿になるかわからんからの。」

おそらく普通の着物に変わるだろうが、試しにやってみようなどと一切思わなかった。



堅苦しい形式の祝言は無事に執り行われ、飲めや唄えの宴会になった。
ここでやっと助三郎は皆の眼を盗み、そっと早苗の手を握った。

「…早苗、やっと一緒になれたな。」

「はい。旦那さま。」


結婚したら、今まで通りではダメと母から念を押されていた。
夫を『旦那さま。』です、ますで敬えと教え込まれた。
それをこの場で実践したが、助三郎はあからさまに嫌がった。

「…助三郎がいい。それと、『です、ます』はやめてくれ。今まで通りにしてくれ。」

「わかったわ。助三郎さま。」

「ありがとう。」

優しい笑顔に、昨晩うっすら感じた不安は和らいだ。
この人なら、大丈夫。怖くない。


和やかなうちに祝言はお開きになり、みなそれぞれの家路についた。
しかし、早苗の祝言は終わっていなかった。

白無垢を脱ぎ、風呂に入って濃い化粧を落とした。
入念に身を清め、真新しい寝間着に身を包んだ。
結い直した髪に、助三郎の贈り物の櫛を差した。

下女に寝所に連れられ、中に入ると、真新しい布団が敷いてあった。
そこで一人、夫を待った。
怖くは無かったが、鼓動は早いままだった。



しばらくすると、早苗と同じように新しい綺麗な寝巻で助三郎が部屋に入ってきた。
動作がぎこちないのが少し気になったが、彼は眼の前に座ると、ばか丁寧に挨拶し始めた。

「…早苗殿、嫁に来て頂きありがとうございます。一生貴女を大切に致しますので。どうぞ、よろしくお願い致します。」

「ふつつかものですが、こちらこそよろしくお願い致します。」

ほっと息をついたのもつかの間、

「お疲れでしょう。あれだけたくさんの人の前では…。」

「へ?」

助三郎がおかしいことに気がついた。

「どうかしましたか?」

やっぱりおかしい。

「…もしかして、義勝どの?」

「え?助三郎です…。」

「本当?」

わかってはいたが、聞いてみたかった。

「嘘じゃありません!」

「フフッ。変、しゃべり方。」

『です、ます』はイヤだと言った本人が大真面目に丁寧な言葉を使っている。
大人しそうな雰囲気が、木曽路で出会った藩主、義勝にそっくりだった。

「……。」

「もしかして、緊張してる?」

「はい…。」

「なんで緊張してるの?」

「……。」

「まぁ、いいわ。ねぇ、何か気がつかない?」

「え?あ。その櫛、着けてくれたのか?」」

やっとここでいつもどおりの助三郎に戻った。
自分が自ら選んだ櫛を見間違えるはずがない。

「似合う?」

「あぁ、すごく似合う。俺の目に間違いはなかった…。良かった…。」

そう言うと今度は泣き出した。
固まったり、泣いたり忙しい夫に早苗は呆れた。

「…なんで泣くの?」

「…無事に祝言挙げられた。今日からお前とずっと一緒に居られる。本当にうれしい。」

泣くほど喜んでもらえた早苗はうれしくなった。

「泣き止んで。そうだ、良いもの見せてあげる。」

早苗は嫁入り道具の中から二つ、男が喜びそうなものを取り出した。
それは、大小、懐剣だった。

「刀?嫁入り道具か?」

剣術好きの彼なら喜ぶとおもいきや、あまり浮かない顔だった。

「格之進の時のだけど、作ってもらったの。出仕の時にいるでしょ?」

「そうか…。」

あまり興味を引けなかった大小をしまい。
お気に入りのもう一点、懐剣を見せた。

「あと、これ、旅先で無くしたやつより物が良いの。ほら。刀身も綺麗でしょ?」

袋から刀を出して鞘を抜き、助三郎に見せるや否や、助三郎の顔がさっと青ざめ、ひきつった。

「…ダメだ、やめろ。」

「え?」

「しまえ。早く!」

そう言った彼の顔は血色が失せ、冷や汗をかいていた。
さらに、手はおろか、身体まで震えていた。

急いでしまい、見えないところへ隠した。
しかし、まだ助三郎は震えていた。

「…ちょっと、大丈夫?」

「…良くなった方だ。前は胃の腑がおかしくなって吐いた。
自分で刀持つのも、お前が包丁持つ姿もダメだったが、今は大丈夫だ。
真剣は振れるし、お前の作った料理食べられる。」

「……。」

「悪い。イヤな物見せて…。すまなかった。」

「…ごめんなさい。わたしのせいで。」

「…お前はなにも悪くない。ただ、約束してくれるか?」

「なに?」

「大小と懐剣、所持はいいが、絶対に抜かないでくれ。頼む。」

「わかった。約束する。」

「ありがとな。」

飲酒恐怖症より遥かに根が深かった、刃物恐怖症。
自身の武士生命が絶たれる寸前まで行くほど傷つけてしまっていた。
一生かけても償わないといけないのは、自分自身だった。
これから、ゆっくり直さないと。
格之進が真剣使っても平気になってもらえるようにしないと。

それから、しばらく沈黙が続いたが、助三郎の様子がまたもおかしくなった。
顔が赤くなって、そわそわしていた。

「…どうしたの?顔が真っ赤。」

「…寝る、か?」

「…はい。」

そのせいか。
添い寝や雑魚寝とは違う初夜。
でも、もう覚悟はできた。怖くない。どんとこい!

そう思った早苗だったが、助三郎は何もしてこなかった。
旅の間、ふざけて押し倒された事は数回あったが、今はそれがウソだったかのように、
ガチガチに緊張していた。触れても来なければ、顔を見てもくれない。

男の誇りを傷つけるかもしれないと思ったが、思い切って聞いてみた。

「…怖いの?」

「…そうじゃないが。」

「じゃあなに?」

「…その、あの。」

今だ緊張し、固まったままなにもしてこない夫に少し不安を感じた。

「誰だった?兄妹《きょうだい》みたいに過ごしたら相手が可哀想だって言った人。」

「…俺。」

「…ごめんなさい。わたしをそういうことする相手にしたくないなら、兄妹でいいから。」

ちょっとさみしかったが、はっきりと告げた。
遊廓の遊女に負けたくなかったけど、無理だったかな?

「…いやだ、お前とは夫婦がいい。将来的に、子供欲しいから。」

すこし希望が持てた早苗は、助三郎の前に座ってうつむく彼を覗きこんだ。

「…聞いてもいい?」

「なんだ?」

「遊郭で何回くらい経験したの?」
作品名:雪割草 作家名:喜世