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雪割草

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 自分を男扱いする許嫁にムッとしたが、正直に答えた。

「まぁ… 今までの女の子より話しやすかった、かな」

 助三郎はうんうんと頷き満足げに笑った。

「よし。その調子! …で、どうだった?千代さんの周りは?」

 突然真面目な顔に戻った彼に早苗はあっけにとられた。
すでに仕事の顔。
 その彼に早苗は負けじと真面目に答えた。

「弥七が言うには、千代さんの家も安全じゃないらしい」

「そんなにしつこいのか…。とんでもない奴らだな」

「あぁ。千代さん、可哀想だな…」

「可哀想な人を助けるのが、俺らの役目だ」

 二人は、千代を助け背後にある悪の根源を断とうと決意した。





 その夜、早苗が風呂から上がり部屋に戻ると、助三郎が一人窓の外を眺めていた。
月明かりに照らされたその横顔は、何とも言えない美しさがあった。
 身形は町人『助さん』だが、その眼は『助三郎』と変わらなかった。
 そんな彼に早苗は見惚れてた。しかし、ふと一つ彼に聞きたくなった。

 彼の側にそっと腰を下ろした。
彼はその気配に気づき、彼女を振り向いた。

「風呂、ゆっくり入れたか?」

「あぁ…」

 助三郎は、再び窓の外に眼を向けた。
その彼の背に、小さく聞いた。

「…助さん」

「なんだ?」

「…もし、未来がわかったら、知りたいか?」

 彼女は、少し不安だったが知りたかった。
自分がどうなるのか。
眼の前の男とどうなるのか。
 しかし、その男は振り向かなかった。
しかもその男の考えは彼女とは違った。

「いいや。知りたくない」
 
「…なんで?」

 素直に疑問を感じた早苗はとっさにそう口に出していた。
 静かに笑うと、彼は早苗に向き直った。

「未来は分からないからこそ面白い。そうじゃないか?」

「…そう、かな?」

 納得いかない顔の彼女に、助三郎は語り始めた。

「結果が分かってたら、そこでおしまいだ」

「おしまい?」

「あぁ。誰も何も挑戦しなくなる」

 早苗ははっとした。
大抵の人間は、行きつく先がわかっていたら、無駄な悪あがきはしない。
したくない。

「そうかもな…」

 助三郎は続けた。

「だけどな、努力次第で、結果は変わる」

 彼は前向きだった。

「だから未来はいくらでも変えられる」

 早苗は聞いた。

「…いい方に?」

 その顔を見て、彼は苦笑した。

「あ、さては悪い方考えてるな?」

 早苗は眼を逸らした。
今この時点での自分の未来が良い方に向かっていてほしい。
 逆は、怖かった。

「最初から最悪ばっかり考えてたら、おかしくなるぞ。道は無限にある。深く考えるな。な?」

 明るい彼の言葉に、早苗に笑顔が戻った。

「よし。その顔だ」


 二人は静かに窓の外を眺めていた。
空にはきれいな月が掛っていた。
 月は未来も変わらず夜にでて、空に掛る。 

 …しかし、人間は変わる。
良い方向に変わらなければならない。

 早苗はため息交じりに呟いた。

「…助さんは人一倍、努力してるよな」

「なんだ? いきなり」

「だって、毎日鍛錬してる。もう十分強いのに」
 
 早苗は陰で見ていた。
彼は真剣に鍛錬を積み重ねていた。
 しかし、彼は向上心が高かった。

「…強さに、上限は無い」

「へぇ…」

「俺、もっと強くなりたいんだ。今より強く」

 十分すぎるほど強い彼は『早苗』から見ると格好いいが、『格之進』としては手放しに喜べない。

「ボコボコにされるのやだな…」

 ボソッと言ったのを彼は聞いていた。
早苗に本当にすまなそうな表情を向けた。

「すまん…。痛かったか?」

「ちょっと…。でも大丈夫」

 早苗は笑顔で彼を安心させようとした。
しかし、彼は反省しきっていた。

「…これからちゃんと手加減する」

「ダメだ。お前の為にならない。俺が弱いのがいけないんだから…」

 すると彼は彼女をまっすぐ見詰めた。

「格さん。強いって言うのは剣術や柔術だけじゃないぞ」

「じゃあ、何だ?」

 彼は胸に手を当てた。

「…心だ」

 精神の強さは重要。
早苗もそれはわかっている。
 
「…でも、どうやったら、強くなれる?」

 知りたかった。
しかし、言った当人も同じ考えだったようだ。
 少し気の抜けた顔で呟いた。

「…どうだろな? これから方法を探していく」


 何かいい方法があるかと思いを巡らせていると、助三郎が突然声を上げた。

「あ、一つ忘れてた!」

「なんだ?」

 彼はやる気に燃えた眼で早苗を見た。

「身体を鍛えないといかん!」

「なんで?」

「そりゃ、病気したら駄目だから。それに、格好良くなりたい!」

 早苗はその理由が理解できなかった。

「…もう充分じゃないか?」

 すると助三郎は袖の中で腕を組み、何とも言えない顔になった。

「…お前にそんなこと言われたら余計だな」

「はい?」

 早苗が首を傾げたとたん、彼は彼女にぐっと顔を寄せた。

「お前、男の俺が見ても凄く格好いい! その秘訣は一体なんだ!?」

 近寄ってきた許嫁に鼓動が激しくなり、顔が熱くなった始めた。
しかし、それを悟られてはいけない。
 部屋が薄暗い事に感謝した。

 視線を逸らしつつ、許婚の言葉の意味を探った。

「し、知らん…。俺のどこが格好いい?」

 彼はニヤニヤしながら彼女を見た。

「憎いねぇ。謙遜なのか、はたまた自覚が無いのか…」

「ふん!」

 恥ずかしさを押し隠し、はぐらかすつもりが、彼女は怒ってしまった。
助三郎はそんな彼女には全く怯まず、彼女に近づいたまま。

「…なぁ、格好良くなって女にモテる方法教えてくれ。な?」

 早苗は自分が『格好良い』と言われるのも、彼がこれ以上格好良くなって自分の敵を寄せ付けるのが嫌だった。
 そこで話をそらすことに決めた。

「…俺なんかより、ご隠居のほうが為になると思うけどな 人生経験長いし」

 光圀はうん十年も『男』をやっている。真偽は確かでないが、様々な武勇伝もある。
男の姿を始めて数カ月しかたってない女より、遥かに良い先生である。

「そういえばそうだ。ご隠居は凄かったな…」

 そこへ光圀がやって来た。
早苗は一息ついて、腰を上げた。
 早苗が座っていた場所に、光圀が腰かけた。

「なにがすごいんじゃ?」

 助三郎は膝を進めた。

「ご隠居。武勇伝お聞かせください」

 真剣な眼差しでそういう彼に、光圀はにっこりと笑った。

「さて、何から聞きたい?」

「ご隠居の女遍歴を!」


 早苗は一人で三人分の布団を綺麗に敷いた。
自分の布団の上に枕を起き、枕元の手の届くところに脇差を置いた。
 そして、楽しそうに話している主と同僚に頭を下げた。

「…では、私は休ませていただきます。おやすみなさい」

「なんじゃ、格さんはもう寝るのか」

 すこしつまらなそうに言った彼の横で、助三郎は早苗の就寝を阻もうとした。

「聞かなくてもいいのか? 為になるぞ」

 女には関係の無い話なので、早苗は遠慮した。
さらっと彼を受け流し、布団に潜り込んだ。

「…今度で良い。…お休み」


作品名:雪割草 作家名:喜世