雪割草
「……辛いじゃろう。苦しいじゃろう。しかし、耐えるのじゃ」
「耐える、のですか?」
苦しげに言った。
彼を宥めるように光圀は続けた。
「ワシもそうじゃ。父が家督を兄でなくわしに譲った。実の兄に頭を下げられた……」
「……御老公様も?」
「そうじゃ、兄は笑顔だった。それがわしはいやでいやで我慢ならんかった。じゃが、責任を放棄するわけには行かん」
「……責任?」
「そなたは、この国の主となる定。その責任を放棄してはならん」
重い言葉に、弟は項垂れた。
その彼に光圀は最後に優しく言った。
「若君、兄を敬う気持ちを忘れずに。兄弟は死ぬまでずっと兄弟じゃ」
「……はい」
弟君は顔を上げた。
少し晴れた様子の彼は、隣の兄に手を差し伸べた。
「兄上。お顔を上げてください」
兄君は恐る恐る弟の顔を見た。
「……許してくれるのか? こんな兄を?」
弟はきっぱりと言った。
「兄上は何も悪くありません。許すも何も、これからも兄上は、私のただ一人の兄上です」
弟のその温かい言葉に打たれた兄は、涙を流した。
「すまない……」
光圀は兄弟を優しく見詰めた後、彼らの父親に向いた。
「殿、子を大切に。いざこざが起きないよう、今後も周囲にも気をつけることじゃ。よいな?」
病をおして、彼は身形と威厳を正し光圀に頭を下げた。
「はっ。有り難き御言葉、肝に命じておきます」
「では、ゆっくり休まれよ。これにて失礼」
こうして一行は城を後にした。