雪割草
〈25〉寂しい人、寂しくない人
夕暮れ時、皆でたわいもない会話をしてくつろいでいた。
「あの、助さんと格さんはお侍さんなんですよね?」
「ああ、そうだ。」
「じゃあ本当は袴穿いてるんですよね?」
「そうだな。あれは堅苦しい格好だぞ。今のほうが楽だ。」
「刀もさしてるんですよね?」
「あぁ、この格好だと腰が軽くて。なかなか慣れなかったな。なぁ?格さん。」
「まぁ…」
大小は数回しかさしてないからわからないや…
丸腰は女の時とたいして変わらないからなんとも思わなかった。
「お侍様の姿の方が格好いいですよね?お二人とも。見てみたいなぁ。」
確かに助三郎さまは裃着てピシッとしていたほうが格好いい。見たいな…
「今度見せてやる。俺と格さんどっちが格好いいか比べてみろ。負けないからな!」
「…お前の勝ちだろ?どう考えても。」
「なんで対抗意識ないんだ?。あんなにモテるのに。俺なんかよりずっと格好いいのに…。」
「お前の方がモテる…女に…。助さんのほうがずっと強いし格好いい。」
「なぁ…もっと自分に自身持てよ。」
「なんで?こんなやつ…」
「どうしてそんなに悲観的になる?格さんはこの世に一人しかいないんだ。誇りを持て!な?」
「うん…」
「由紀さんはお二人の姿、見たことあるんですよね。どっちが格好いいって思いました?」
「二人ともダメよ。まだまだだわ。」
「どういうことだ?」
「残念ですね、助さん。一番格好いいのは、わたしの与兵衛さまよ!あのお方にかなうのはいないわ!」
「また始まった…」
「やれやれ…」
「…なに?二人とも聞きたくないの?」
「おいら聞いてないから聞かせてください。」
「わたしの与兵衛さまはね…」
二人を部屋に残して逃げた。
何度もノロケを聞くのはイヤだ。
「そうとう寂しいんだな。由紀さん…」
「だな。ノロケが最近増えてきた。」
「なぁ、助さんは寂しくないのか?」
ちょっと聞いてみたくなった。寂しいって言ってくれるかな?
「俺は平気だ。別にさみしくなんかない。会えなくたって構わない。」
「へぇ…。そうか…。」
悲しくなった…。
少しは心配して欲しかったのに…
早苗の話をほとんどしない。珍しくしたとしても笑い話とか…。
懐かしがったりしてくれない…。
「どうした?時化た顔して?」
「いや、なんでもない。」
「え?ご隠居、風呂ですか?ちょっとお待ちください。」
はぁ…寂しいな。
隣にいるのに距離を感じる。
風呂上がり、新助と助三郎は縁側に座っていた。
「助さんって、好きな人いるんですか?」
「…許嫁を、国に残してきた。」
「そうですか。さみしいでしょう?」
「いいや、別に…。」
「顔に出てますよ。さみしい、会いたいって。」
「いいや。違う!」
「ごめんなさい!」
走って逃げてしまった。
「すまん、ムキになりすぎた。戻ってこい!」
「殴られるかと思った…。」
「殴りはしない。そんなに乱暴に見えるか?」
「強そうだから…。」
「心配するな、俺は剣術専門だ。やるにはやるが、あまり素手は得意じゃない。」
「へぇ、剣術か。格さんは柔術なんですよね?」
「あぁ。あいつ最近、腕上げてきたから殴られたら痛いと思うぞ。」
「うわぁ。痛いのイヤだから気をつけます。」
「あのさぁ、お前足速いな。逃げる時重宝するぞ。」
「逃げなきゃいけない時多いんで?」
「俺らが食い止めるが、もしもの場合はご隠居と由紀さんをつれて逃げるんだ。頼むぞ。」
「はい!まかせてください!」
朝、早苗は何となくぼーっとしていた。
部屋に助三郎が入ってきたのに気がつかなかった。
「…格さん?格さん!」
「へ?」
「なに、ぼーっとしてる?」
「いや、なんでもない。どうした?」
「日誌に染みできてるぞ。」
「あっ。くそっ、ダメになった。あーぁ。はぁ…。」
「なぁ、気分転換に相撲取らないか?」
「え?あぁ、わかった。」
狭い庭でやるのがはばかられたが、互いに思いっきり体を動かした。
「格さん、腕上がってきたな。俺も見習わないとな。」
「そうか?…ふぅ、のど乾いたな。」
「水もらってくるな。」
助三郎さま…
何かに集中している時は大丈夫なのに、
ふっと気を抜くと恋しい感情があふれてくる。
我慢しすぎかな?
目の前にいるのに何にも出来ない。
好きで、好きで、たまらない…
どんどん募っていく…
「あっ。仲居さん。ちょっと!」
だけどこの人は他の女の人ばかり見てる…
また、見てる…
わかってる、今は早苗じゃなくて格之進。男。
何も求めたらいけない、期待したらいけない。
「水、貰ってきたぞ。」
「ありがとう。」
「そうだ、剣術もやろうか?」
「木刀あるのか?」
「借りてくるな。仲居さん!聞きたいことあるんですが…」
…わたしを見て、わたしだけを見て!
「格さん」、じゃなくて「早苗」って、笑顔で呼んで貰いたい…
ギュって抱きしめてもらいたい…
そのうちあの人、誰かほかの人抱きしめるかも…
浮気はされたくない。でもあの人本当にわたしのこと好きなの?
好きじゃなかったら、焼きもちやいてるわたしがバカみたい…
「…格さん?格さん!」
「へ?あぁ、新助。なんだ?」
「あの…ご隠居に頼まれて買い物行って来たんですけど…お金いただけますか?」
「いくら何に使った?」
「ここに書いてあります。」
「さすが、宿屋の将来の主、しっかりしてるな。助さんとは大違いだ。」
金貸してくれと言いに来る。
無駄な物を買うことはないけど、細かく仔細を知らせてこない。
「これでいいな?」
「はい。ありがとうございます。」
「格さん…お金足りませんでしたか?」
「どうして?」
「不安そうな顔してたから…」
「いや、なんでもない。心配してくれてありがとな。」
「そうですか。何かあったら言ってくださいね。力になりますんで!」
「あぁ。」
「由紀さん、格さんって何か心配ごと有るんですか?」
「どうして?」
「凄く悲しそうな顔をたまにしてるから。」
「あのね、事情があって言えないんだけど…これだけは言えるわ。
彼には大好きでたまらない人が居るの。近くて遠い所に…。」
「いるんだ…そんな人が…。」
「ええ…新助さんにもいつかそれが誰かわかるわ、それまでそっとしておいて。」
「はい。あの…由紀さんも会いたくてたまりませんか?与兵衛さんに。」
「うん。でも我慢しないとね。」
「みんな辛いですね。助さんは許嫁の方、格さんは好きな人、由紀さんは与兵衛さん。
大変だな…。」
「新助さんには居ないの?」
「はい、まだ…」
「がんばって!いい子見つかるわ。まぁわたしほどのは無理かもね!」
「…」
「なによ、冗談よ。本気にしないで。」
「わかってますよ。」
「もう!」