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千日紅

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怯んだすきに、二の太刀を打ち込もうとした。
しかし、

「覚悟しなさい!…あ」

ニヤニヤする男に助三郎の腕は掴まれていた。

「強くても力は弱い。おとなしく金出せば良かったのになぁ。その分、楽しませてもらおうか」

「やめろ!!!」

刀はとうとう奪われた。
男は強引に助三郎を押し倒し、動きを封じた。

「武家の娘は初めてだ。どんなもんかなぁ。へっへっへ…」



以前、男のまま格之進にふざけて襲われた時など問題ではないほどの恐怖に陥った。
叫びたくても、声が出なかった。
男なのに、男に女として襲われる。手籠めにされる。
恐ろしい……


しかし、ふっとあることで助三郎は嬉しくなった。
大事な妹は無傷のまま。
自分は男に襲われる異常さを経験しておかしくなるかもしれないが、千鶴は無事。
家族を守ると約束した亡き父に面目が立つ。

そう思うと、力が抜けた。

「おっ。諦めたか?そうか、そうか。じゃあ…」

イヤらしい手付きで、助三郎の帯に手を掛けようとしながらそう言った。
しかし、手が帯に触れる前に男は助三郎の上から吹っ飛んでいた。


「やめろ!この子に手を出すんじゃない!」

「ひぇ。勘弁を…」


吹っ飛ばしたのは早苗だった。
怒りに燃え、走って来たついでに跳び蹴りしたらしい。
おまけに、腰につけている大刀の鯉口を切っていた。

「格さん!抜いたらダメ!」

「……助三郎?」

「絶対ダメ!約束したでしょ!?」


助三郎は早苗と祝言の晩約束していた。
絶対に包丁以外の刃物は使わないと。
助三郎は特殊な刃物恐怖症。
自分が使うには全く問題ないが、早苗が格之進の姿の時でも抜き身を持つのを見ると、激しい震えと気分が悪くなる症状に襲われる。
結婚前、早苗が彼女の懐剣で自害未遂をした恐怖からその恐怖症が来ていた。


夫の叫び声で、怒りを抑えた早苗は刀から手を放した。
代りに男を鬼のような形相で睨んだ。

「お銀、頼む」

早苗が姿の見えないお銀の名を呼ぶと、どこからともなく彼女が現れた。
地面に転がっている男の首根っこを掴み、刀で脅しながらしょっ引いて行った。

「さぁ、立ちな。婦女暴行でお縄だよ!」

「何もしてねぇ…… 勘弁を……」



罪人となった男は居なくなった。
後に残されたのは、息が荒い格之進の姿のままの早苗と、腰が抜けたまま、美帆のままの助三郎だった。

沈黙が続いたが、早苗が助三郎に手を差し出し、助け起こした。
何も言わない早苗に向い、助三郎が口を開いた。

「……ありがとう」

そう言うと、早苗もやっと口を開いた。

「……大丈夫か?」

「……うん」

早苗の、格之進はさっき見た恐ろしい形相ではなく、優しい笑顔になっていた。

「良かった…」



笑顔に見とれてしまった助三郎は、ふと気付くと早苗の腕の中にしっかりと抱きしめられていた。

「美帆…」

「格さん…」

何も考えず、助三郎も早苗を抱き返しつつ胸に顔を埋めていた。

互いに、暖かく、優しく、幸せな感情が湧きあがった。



しかし、事の重大さ、互いの抱き締め方が逆転していた事に互いに驚いて離れた。
何時も早苗を抱え込む助三郎が抱え込まれ、いつも腕の中で小さくなる早苗が助三郎を抱きかかえていた。

互いに焦り、紅くなった顔を見られないようそっぽを向いた。
しかし、その場に慌ててやってきた、男女のことをよくわかっていない千鶴に突っ込まれた。

「姉上、義兄上、なに紅くなってるんですか?」

「何でもない!」

二人声を揃え、反論した。

「変なの…」


それから、佐々木家の三人はおとなしく家へと急いだ。
しかし、助三郎も早苗もその間一言もしゃべらなかった。




家についたとたん、クロが飛び出してきた。
皆に置いてきぼりにされたといった様子で不満げに鳴くクロを助三郎が抱えあげた。

「どうしたの?さびしかったの?」

「クゥン…」

本当に悲しそうな泣き声をあげる黒い犬を助三郎は地面におろした。

「じゃあ、遊んであげる。庭に行きなさい」

「ワン!」

助三郎を見送り、早苗は自室にひとまず戻ろうとしたが、その途中、庭でクロとじゃれあう女の姿を見つけた。
知らないうちにその場に立ちつくし、彼女の姿をぼーっと眺めていた。


…可愛い。
本当に、かわいい。
さっき柔らかかったな。
もう一回、ギュってしたい。
いや、ちゅってしてみたい。唇柔らかいだろうな……


…え?
おかしい、やっぱりおかしい。


早苗は自分の思考が男のようになっていることに恐怖を覚えた。
すぐさま自室に逃げ込み、女に戻るのも忘れ、自分で自分を責めた。

「……くそっ。俺は女だ。あいつは、夫だ。女じゃない!」

頭の中から、女の美帆を追い出そうと試みた。
しかし、消えなかった。

「……俺が好きなのは、助三郎だ。……女の美帆じゃない」

必死に、自分に言い聞かせ、大好きな夫の笑顔を思い浮かべた。
力強い腕で、自分に触れ、優しく『早苗』と呼ぶ低い声を思い出そうとした。

しかし、女の美帆に邪魔された。
いくらやっても、美帆がほほ笑む。
『格さん』と高い澄んだ声で呼ぶ。

あまりにもひどいので、早苗は女に戻った。
今度はしっかり愛する夫の顔が浮かんだ。
しかし、そのせいで彼に会いたい気持ちがさらに強くなり、いても立っても居られず、夫の着物をしまってある部屋へ急いだ。
その中から、最近着ていた着物を引っ張り出し、衣紋かけに掛けた。
夫の寸法に合わせて縫われた着物。
しかし、その着物を着る夫は今いない。

「助三郎さま…」

早苗の眼に映る着物がなぜか滲んだ。
気付けば、涙が滲み出ていた。

毎日の仕事の疲れ、夫のいない不安、自身の心が男になるのではという恐怖に耐えきれなくなっていた。
しかし、泣き声を誰かに聞かれては困るので、衣紋かけから着物を取り、滅多に人が立ち寄らない物置へと急いだ。

物置の扉を閉めたとたん、涙は激しくなり早苗は声をあげて泣き出した。

「戻ってきて…… 助三郎さま…… お願い……」





その夜、助三郎は妻を探していた。
夕餉の席に現れず、下女が探したが見当たらなかった。
数人がかりで屋敷を探しまわり、助三郎がようやく物置の扉が少し開いていることに気付き、中に入った。

彼が見つけた妻は、助三郎の男物の着物をしっかり握りしめ、眠っている姿だった。
すぐに起こそうとしたが、彼女の頬に残る涙の跡を見つけてやめた。


この光景を間の当たりにした助三郎は自分の不甲斐なさと、妻への詫びの気持ちでいっぱいになり、その場で立ち尽くした。


笑顔を守るって誓ったのに……
泣かせてしまった。
自分がまた彼女を傷つけた。
二度としないと決めたはずなのに……

すべては、自分のせいだ……
俺のせいだ……

なにもできない助三郎は、妻に着物をかけ部屋を後にした。



一人きりになった寝間で助三郎は決心した。

明日、義父上に解毒剤を本気で要求しに行こう。
ついでに、この異常な状態を相談しに行こう。
それより、何より、腹を割って早苗と話そう。

俺の気持ちがおかしいことを早苗に隠していたらダメだ。
作品名:千日紅 作家名:喜世