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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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 それは少し遠慮がちな男の声だった。

「……格さん?」

 しかし、彼はそのまま彼女に身を任せていた。
申し訳なさそうに、男の声は言った。

「……この姿のほうが力が入るから、我慢してくれ」

 助三郎は彼女を攻めず、褒めた。

「……本当上手いな。そうえば、御老公も好きだったしな、お前の肩揉み」

「そうだったな……」

 夫の背中を揉みながら、会話を先ほど話していた内容に戻した。

「そういえば、さっきの二人は何を話してたんだ?」

「……わからない」

「顔を見に行っただけか?」

「……まぁな。人相だけは、百聞は一見にしかずだ」

「そうかもな。……だが、なんで吉良様がわざわざ柳沢様の屋敷に行ったんだろ?」

 助三郎が彼の考えを述べる前に、正しい情報がもたらされた。

「……隠居の申し出でさぁ」

「あ、弥七」

 彼はどこからともなく現れ、助三郎と新助を見てにやりと笑った。

「お二人さんが枝伐りしてる間に、ちゃんと聞きましたんでね」

 助三郎は素直に彼を誉めた。

「ほら、さすがは弥七。俺らが得たのは二人の顔と、腰痛だな」

 すると早苗は笑顔で

「腰痛は余分だ。助さん」

 背中のつぼをグッと押した。

「うっ。効く……」

 苦悶の表情を浮かべ、彼は口を閉ざした。
その彼をチラッと見やり、弥七は苦笑した。

「確かに、潜入方法をちっとばかし間違えたな……」

 早苗は寝ている夫を起こして座らせ、肩を揉みはじめた。

「弥七、隠居って事は、吉良様は羽州(*2)に引っ込む気なのか?」

「その通り。息子の所へね」

 出羽の国(*3)、米沢藩藩主上杉綱憲(*4)は上野介の実子。

「米沢は遠いな……」

「へい。あそこに引っ込んじまったら、赤穂の連中の復讐は難しくなる」

 そうなれば、水戸藩の二人の密命も困難を極める。
助三郎は忌々しげに、握りこぶしを作っていた。

「で、それに対する柳沢様の思惑は?」

 早苗はそう質問し、助三郎は真剣な表情で弥七に目線をやった。

「隠居の許可を出す気はさらさらなさそうですがね、なにやら良くねぇこと考えてましたぜ」

「そうか……」

「しかし、あのお方はいったいどちらの味方なんだ?」

 早苗がそう聞くと、助三郎が忌々しげに吐き捨てた。

「どちらでもない。己の欲にのみ従ってるんだ」

「欲か……」

 自分にはそのような規模の大きな欲は無い。
そう思う彼女は、天下を治める男の壮大な欲望がどのような物か、計り知れなかった。
 そして、苛立つ夫を宥めるように肩を優しく揉み続けた。


「格さん、大分楽になった。ありがとう」

「そうか。だったらもう帰れるな?」

「あぁ。あ、その前に湿布貼ってくれないか?」

「わかった」

 湿布を準備し始めた早苗の横で彼は着物を脱ぎ、貼る場所を指示した。

「ここの腰の……」

 しかし、彼女の怒鳴り声でぎょっとなった。

「いきなり脱ぐな!」

 恐る恐る見やると、顔が赤い男が俯いていた。
 恥ずかしくなった彼は、食って掛かった。

「いい加減男の裸に耐性つけろよ! 何年格さんやってんだ!?」

 妻はその言葉にさらに顔を紅くし、さらに深く顔を伏せた。

「だって……」

 ここで助三郎ははっと気付き、彼女を攻めるのをやめた。

「すまん……」

 彼が彼女に『男の身体に慣れろ』などという強要は出来なかった。
彼女が男の裸を嫌がるのは、己のせいでもあったからだ。
 責任感と後悔をいまだに抱く彼は、着物を着込んだ。
 そして身なりを整え、立ち上がった。

「……湿布は?」

 ようやく顔を上げた彼女は、そう聞いた。

「いい。自分で貼れる」
 
 早苗は女に戻り、頭を下げて誤った。

「……ごめんなさい」

 そんな彼女に助三郎は手を伸ばした。
彼女の顔を上げさせると、穏やかな声で彼女を慰めた。

「俺こそ謝らないと。もうあんなこと絶対言わないから。な?」

 早苗は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
『ごめんなさい』という言葉が再び口をついて出そうになったが、心の奥底でとめておいた。

 いつか慣れる。

 そう言い続けてのこの様。不甲斐なさでいっぱいになった。
 この気持ちが顔に出ていた。
 助三郎は、顔を覗き込み、不安げに言った。

「……大丈夫か?」

「へ? あ、うん。大丈夫」

 笑顔を作り、そう答えると彼から手が差し伸べられた。

「帰ろう」

 その手を彼女は迷うことなく握った。

 二人は仲良く連れ立って帰宅の途についた。
早苗は握っている夫の手をじっと見た。
 自分の手をしっかり握る大きな力強い手に、安心と幸せを感じていた。
 彼女の視線に助三郎は気がついた。

「どうした?」

「手、大きいなって」

「そうか? そういえば、そうだな」

 早苗は助三郎の前に進み出て、彼を見上げた。

「帰ったらこの手でわたしの肩揉んでね。助さん!」

「あ、腰がまた……」

 どうもないのにふざけてうずくまる彼の様子を、早苗は真に受けた。

「うそ! 揉み方悪かったのかな? 筋痛めちゃった? どうしよう……」

 助三郎を助けようとかがみこんだ早苗を助三郎はがばっと背後から抱きしめた。
そして耳元で囁いた。

「……嘘だ。なんともない。お前の腕は一流だ」

 早苗は恥ずかしさに真っ赤になって立ち上がった。
そして走って逃げた。

「もう、心配したのに!」

「あ、待て!」





 次の日、仕事が早く終わった早苗は由紀の家に遊びに行っていた。
彼女に相談事があったのだった。
 早苗からの話を聞くと、由紀は若干呆れた様子で彼女を見た。

「で、旦那さまの裸が恥ずかしくて見られないのね?」

「そう…… 由紀、平気で男の人の裸見られるでしょ? お風呂覗き見大好きだし」

 言い終わらないうちに、由紀は怒った。

「ちょっと! 人聞きの悪い事言わないでよ!」

 早苗は悪びれる様子もない。

「だって、本当の話でしょ」

 事実だったが、それは結婚前の話。
由紀はそう主張した。

「今はそんなことしないの!」

 由紀は茶を二人分淹れ、心を落ち着かせた。
湯飲みの茶を少し啜り、ほっと一息つくと聞いた。

「助さんがダメなら。格さんのは大丈夫なの?」

「ううん。上はまだ我慢できるようになったけど、あとは無理」

 茶請けの団子をほおばりながら早苗は答えた。
暢気な彼女に、由紀は驚いて言った。

「自分の見られない、旦那のも無理。だったら、夜どうしてるの?」

「暗くて見えないし、お互い着物着てるから平気かな?」

 由紀は大きな溜め息をついた。

「……助さん相当我慢してるわ。可哀想に」

 早苗はハッとした。

「……だからかな?」

「え? なにが?」

「ううん。なんでもない……」

 彼女は理由を見つけた気がした。
なぜ夫が自分を閨にめったに誘わないのか、その理由を。

 一方、由紀は彼女なりに、一つの策を考えた。

「ひとまず。格さんの裸に慣れることが一番ね」

 彼女は早苗の『男の裸拒絶症』を知っていた。
しかし、結婚後完治したと思っていた。