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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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「こんな状況でしか、ずっと女のままで居られないってのも、皮肉だよな……」

 この日から、早苗にとって緊張を強いられる日々が始まった。





 おたえ、否お袖はその日も適当に玄関の箒掛けをしていた。
早苗は奥で夕餉の仕度。
 下女とは名ばかり。掃除洗濯しか任せてもらえない。
 仕事が少なすぎて、毎日暇を弄んでいた。

「元気かい? おたえさん?」

 聞き覚えのある声にはっとした彼女が顔を上げると、眼の前に見知った顔があった。

「……ちょっと! なんでこんなところに居るの!?」

 その男は、直介。彼女の間夫だった。
水戸に居るはずの彼が江戸に居る。
この異常な事態にお袖は驚いた。
 しかし、直介はいたって普通。

「……お前に会いたかったんだ。細かいことはいいじゃないか」
 
 お袖は人目が無いのをいいことに彼にすり寄った。

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。あたしゃ、幸せよ」

 普段は表立っての逢瀬はできない。
主の目を盗み、思いっきり羽を伸ばしたい二人だった。

「ちょいと出かけないか? どうせ暇なんだろ?」

「暇さ。ちょっと待ってて。すぐ仕度するからさ」

 お袖は早苗に適当な理由を述べて、外出の許可を取りつけた。




 茶店の奥の布団の上で、二人は思う存分楽しんでいた。
しかし、ほんの少し仕事を気に掛けた。

「毒は盛れたのかい? おたえさんよぉ」

「できるわけ無いでしょう? あの女わたしに飯炊き一切させないんだから」

 そう言ってはいるものの、彼女はどことなく楽しそうだった。
直介は少し緊張感が漂う顔で彼女に言った。

「お前が回し者だって感づいてるんじゃないのか? 毒盛れなくてあの爺さんに叱られないか?」

「大丈夫!」

 お袖は直介の上に覆いかぶさり、彼の顔を覗き込み誘惑した。
しかし、彼はその気ではなかった。

「根拠は?」

 つれない間夫にムッとした彼女は、ぶっきらぼうに言った。
 
「毒っていっても、一気には殺れないだろ? それに、渡されたのは月流し(*1)。
盛っても盛らなくても、男に女の身体のことは解りゃしない」

「そうなのか?」

 直介を小馬鹿にした顔で彼女は眺めた。

「あたしゃ、人殺しなんてまっぴらごめんだ」

 彼女はイヤなことを忘れ楽しもうと、自分の帯を解き、彼に肌を見せた。

「俺も人殺しはイヤだな。あの爺さんのいいなりもイヤだな……」

 彼はまだその気ではない。
じれったく感じたお袖は、余所を見て何かを考える彼の頭を掴み、自分に向けさせた。
 
「月流しの薬、ろくに旦那に抱かれてないあの女に使うのはもったいない」

 妖しい笑みを浮かべながら、彼女は直介を誘い続けた。

「どうする気だ?」

 何かが引っ掛かる彼は、彼女に聞いた。

「あたしがありがたく使うのさ」

 その返答にぞっとした直介は、お袖の身体の下から這い出した。

「……なんでお前が使うんだ?」

 お袖は不敵に笑った。

「決ってるじゃないか。あの爺の子どもなんか産みたくないからさ」

 彼女は痺れを切らしていた。彼を待ってなどいられなかった。

「産むのはねぇ、お前さんの子なんだよ!」
 
 直介に飛びかかった。






 こんな二人の会話など露知らず。
早苗はクロが何かしら情報を持ってきても、気を張り続けた。
 そんなこんなで半月ほど経ったある日の朝、助三郎が早苗に向かって口を開いた。

「なぁ、聞いてもいいか?」

「なに?」

「……格さんずっと仕事休んでるみたいだが、何かあったのか?」

 早苗は毎日女の姿で過ごし、男に変わることは無かった。
一日中役宅に留まり、家事をこなす日々。

「なんで?」
 
「ちょっと気になって……」

 彼も最初は何も深く考えていなかった。
 いつもは密命のため、市政調査が中心だった。
久しぶりに職場に出仕した時、上司に聞かれた。
 いつになったら、格之進は復帰するのかと。

 夫に隠し通す気でいる早苗は、まことしやかな出任せをさらっと述べた。

「殿に頼まれて、ちょっと調べたい物が有るんだって」

 しかし、助三郎の顔が晴れることは無かった。

「病気とかじゃないよな?」

 じっと彼女を見つめ、不安そうにそう言った。

「へ?」

「なんか最近、早苗がすごく疲れてるように見えるんだ。大丈夫か?」

 心配そうな彼に、早苗は元気に言った。

「そんなこと無いわ。気のせいよ、気のせい! どう? ぴんぴんしてるでしょ?」

「そうか? お前がそう言うなら……」

 どうにか事の真相の発覚を回避した早苗は、ほっと胸をなでおろした。




 お夏が帰郷して一月が経ったある日、事態は急転した。
本当の下女が、水戸からやってきたのだった。

「遅くなりまして、大変申し訳ございません。お夏がまだ戻れないというので、大奥さまの命で代わりに参りました」

 それは佐々木家から来たよく見知った下女だった。
早苗はほっと一安心したと同時に、確信した。
 『おたえ』はクロの言うとおり、佐々木伊右衛門の回し者。

「さて、どうしようかしら……」

 早苗は直接対決も辞さない覚悟で、おたえに会いに部屋へと向かった。
しかし、部屋はもぬけの殻。
 彼女は姿を消していた。

「……でも、これで終わらないわよね?」
 
 彼女が忍びであれば、仕損じた場合自害して果てる。
 しかし、彼女はただの下女。
 主の元へ戻ったに違いなかった。

 再び新たな手を考え、己の命を立場を脅かすであろうと考えると、身が震えた。
その恐怖を振り払うように、早苗は口にした。

「仕事行かないとね……」

 しかし、それで元気にはならなかった。代わりに、虚しくなった。

 本来の姿、『佐々木助三郎の妻早苗』は疎んじられている。
仮の姿、『渥美格之進』は藩に必要とされている。
 一体自分は何なのか。何のために生きているのか、疑問を感じていた。





 数日後の昼過ぎ、助三郎は台所に居た。

「……こんなもの」

 仕事から戻って来るなり、羽織袴の姿のまま、竈の前でしゃがみ込んでいた。
その手には、丸めた紙が。

「……早く灰になれ」

 竈の火にそれを突っ込んだ。
メラメラと燃え上がる炎が、彼の顔を照らしていた。

「あれ? お帰りなさい。何燃やしてるの?」

 助三郎は早苗の顔を見ずに口早に言った。
 
「母上に文書いたんだが、書き間違えてさ……」

「え、もったいない。筆拭きにすれば良かったのに」

「まぁ、そうだな……」

 何か含みのある彼に小さな違和感を覚えた。
しかし、早苗はそんな彼を笑顔にさせようと重大報告をした。

「助三郎さま。明日から、格之進仕事に復帰するわ!」

 少し驚いたような、また少し残念そうな反応を示した。

「そうか…… 残念だな、復帰祝いに飲みに行きたかったんだが……」

「何か用事でもあるの?」

 助三郎は、早苗に告げた。

「……明日、水戸に戻らないといけなくなった」

「お仕事?」

「あぁ。でも、ついでに母上と千之助に会ってくる。ずっと留守してるからな」