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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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 そう言いながらも、あまり乗り気でない顔をしている夫が気になったが、早苗は追求しなかった。

「そうね。じゃあ、早く支度しないと」

 そう言って奥に向かおうとする彼女を、助三郎は引きとめた。

「あ、早苗!」

「なに?」

「今晩、いいか?」

 もじもじせず、自然に彼は早苗を誘った。
早苗は、即答した。

「うん。お願いします」

 久しぶりの誘い。
心が浮き立つ早苗は、すばやく夫の旅支度を終えると自分の身支度に取りかかった。





 その夜、寝所で早苗はいつもよりずいぶん積極的な夫に気付いた。
久しぶりの睦事、互いに気持ちが高揚していた。
 しかし、早苗は心を落ちつかせ、そっと眼を瞑った。
 助三郎の息遣いが耳元に聞こえた。

「……早苗」

 助三郎は早苗にそっと口付けを落とした。
優しく触れてくる彼の暖かい手を感じながら、早苗は彼の背にそっと手を回した。
 
「助三郎さま……」

 彼と一つになりたかった。

 しかし、次に耳に入ったのは夫の妙な声だった。

「えっ?」

 同時に、身体の上の重みが消えた。

 はっとした早苗は眼を開け、身体を起こした。
彼女の眼に飛び込んで来たのは、助三郎が布団の脇で俯いている姿。
 必死に彼女から視線を逸らしている様だった。

 イヤな予感がした彼女は、自分の身体を見下ろした。

 肌蹴た女物の寝間着。
そこから覗くのは、柔らかな女の身体ではなかった。
 見覚えのある、見たくない男の肉体だった……

 早苗はなにも言わずにその部屋を飛び出した。
驚いた助三郎は、すぐに彼女の後を追った。

「早苗!? どこ行く!?」





 早苗は庭に出て、人目につかない庭木の中で泣いていた。

 身の危険を感じてもいなかったし、男に変わろうなどとは全く考えていなかった。
 気分が高揚してはいたが、それは夫恋しさのため。

 前触れもなく男に突然変わった。
 男女でなければ成り立たない、夫婦の睦事の真っ最中に男になった。
 今まで一度たりとも、こんな失態をしたことはなかった。

 精神的疲労が、とうとう身体に現れてしまったのだった。 
 
 せっかくの夫との閨のため、念入りに身支度した彼女にはあまりにも酷だった。
 風呂で磨いた白い腕は太く逞しく、柔らかだった身体も骨太のがっしりとした物に。
 夫とほとんど変わらない姿。これで睦み合うことなどできるはずがない。

 己の身を呪い、夫に見つからないようひたすら声を押し殺して泣いた。
しかし、見つかってしまった。

「……大丈夫か?」

 顔を上げると、夫の顔があった。
しゃくりあげながら、早苗は彼に謝った。

「ごめんね、わたし…… あっ」

 早苗は慌てて口を押さえた。
姿も声も男、口調は女。
 
「……大丈夫か?」

 不安げに近寄ってきた彼の目の前で、早苗はさらに激しく泣きじゃくり始めた。

「ほっといて! 来ないで!」 

 しかし、彼は彼女を放っておきはしなかった。
代わりに早彼女を強く抱き寄せた。

「……早苗、ごめんな」

 しかし、彼女が泣き止むことは無かった。

「わたし、ふざけてなんか、無い。助三郎さまが、イヤだから、男になったわけじゃない!」

「わかった、わかったから、何も言うな」

 さらに強く抱きしめた。

「勝手に変わったの! 男に、男になんか、なりたくなかったのに!」

 早苗は助三郎の腕の中で泣き続けた。




 泣いて泣いて泣きまくって少し落ち着いた早苗に、助三郎は手を差し出した。

「……もう寝よう。明日は早い」

「うん……」

 早苗は彼に手をひかれ、部屋に戻った。
姿を女に戻せなかった彼女は、身体に合った寝間着を夫から借りた。
 一緒の布団で寝ようと言ってくれる彼を拒んだ。
 仕方なく助三郎は布団をもう一枚出し、隣に敷いた。
しかし、彼女はそれを極限まで夫から離した所に引きずった。
 そして布団を頭から被った。

「……早苗」

「……お願い、見ないで」

「……わかった」


 夫が眠った頃合いを見計らうと、早苗は身を起こし、向こうを向いて横になっている彼の背中に謝った。

「ごめんなさい……」

 再び涙が滲み出た。

「こんな中途半端な、最悪な身体で…… ごめんなさい……」
 
 悲しさと申し訳なさと絶望感を感じながら早苗は布団に再び潜った。
低い小さなすすり泣きが、寝室に響いていた。



 早苗が泣きつかれて眠った頃、助三郎が起き上がった。
彼は寝ていなかった。
 そっと彼女の布団に潜り込むと、静かに抱き寄せた。
耳もとで小さく囁くと、格之進の姿は消え、元の早苗に戻っていた。

「……絶対に見放さない。絶対にお前を守る。信じて待っててくれ」

 そして、彼女に口づけを落とした。

「愛してる……」

 それは、かつて彼女を死の淵から救った言葉だった。
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