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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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「怖い奥様だ。さてと、助三郎様の御内儀は男だったか、助三郎様もモノ好きな……」

 そう言って彼は部屋の外に向かって歩き始めた。

「待て! 違う!」

 早苗は慌てた。
『男に化けられる』という事実より、
『本当は男で女に化けている』との間違った情報の方が恐ろしい。

「俺は、男じゃない!」

 苦しみながら、早苗は彼の誤解を解こうとした。
しかし、彼は聞く耳など持ってはいなかった。
 くるりと振り向くと、

「どこからどう見たって、誰が見たって、あんたは立派な男だ」

 早苗は弁明を試みた。

「だから……」

「あ、言い訳はダメだ。あの爺さんからたんまり褒美をせしめるいい機会なんだから」

 完全に大叔父の回し者だとわかったとたん、早苗は取り乱した。

「やめろ! やめてくれ! 大叔父には、あの人だけには、頼むから言わないでくれ!」

 早苗は懇願した。

「え? そんなこと言われてもねぇ……」

 渋る彼に早苗はとうとう頭を下げた。

「お願いだ…… 頼む、この通りだ……」
 
 そんな哀れな姿を眼にした直助は、ぼそっと気まずそうに呟いた。

「……いくらなんでも、ちょっと可哀想すぎるよな」

 直助にとって、早苗は仇でも何でもない。
ただ、主の伊右衛門から命じられた『渥美格之進を調べろ』という仕事が面倒で気に食わなかっただけ。
 理不尽な主の言うなりも嫌だったので、彼は早苗に近づき、小さな声で話し始めた。

「……助三郎様は早く諦めろ。いくら足掻いても、あんたには無理だ」

 早苗は力無く俯いた。

「あの爺さん、いっぱい策を考えてる。これからもいろいろお前を排除しようと仕掛けてくる」

 早苗は黙ったまま。
何も言い返せなかった。

「……自分をもっと大切にしな。あんた、水戸藩内でもかなり優秀じゃないか」

 早苗はその言葉にこらえきれず涙した。
女の自分は疎んじられ、男の自分は重宝される。

「助三郎様は、男好きかも知れん。でも、あの方の幸せ考えて見たらどうだ?」

 思い言葉に、早苗の胸の奥が痛くなった。

「……助三郎の、幸せ?」

 そう口にして、帰ってきた直介の言葉に、さらに彼女は打ちひしがれた。

「あぁ。普通に女と結婚して、子どもをつくる。それが一番だと俺は思う。あんただって、男に囲われてなんかいないで、普通に女と結婚して立身出世図ったほうが絶対にいいって」

 早苗の正体が『男』と信じる直介はそう言った。

「俺は、俺は……」

 泣きだした早苗を少し気まずそうに眺め、

「ま、あんたの気が済むまで好きなようにしな。渥美殿……」

 ポンと肩を叩くと、彼は去った。





 日が登った。
 早苗は、外にある井戸で眼を洗っていた。
異物が入った上に一晩中泣きつづけたせいか、眼が腫れて最悪の状態だった。
 そのまだ本調子ではない彼女の眼に、ふっと男の顔が入った。
 それは、タライに張った水面に映る己の男の顔。
 
 彼女は見たくもないそれから眼を逸らし、元の姿に戻ろうと集中した。

 
 再び眼を開け、タライを覗き込むとそこにはまだ男が映っていた。
 思わず彼女は、その水面を手で払った。

「俺ができないんだ! お前に出来るわけがない!」

 自分でできない事を、助三郎が出来る訳がない。
彼は優しいウソをついたに違いない。『格之進』と寝たに違いない。
 早苗はそう思った。

「ごめん…… 助三郎……」

 それは何度目か解らない謝罪だった。

 その時、妙な音が早苗の耳に入った。
まだ若干霞む眼に、転がる黒い塊が入った。
 眼を凝らし、やっと早苗はそれが何かを把握した。

「クロ!?」

 早苗は慌てて飼い犬を縛るすべての縄をほどいた。
その彼の第一声に早苗は絆された。

『クロの尻尾が、足が千切れちゃう! 鼻も千切れちゃう! 痛いよぅ!』

 大袈裟な犬を冗談半分で脅した。

「医者呼んで縫い合わせてもらおうか。もっと痛いぞ」

 するとクロはしっかりお座りして言った。

『痛いの嫌い! クロなんともないよ!』

「そうか、だったら呼ばなくて良いな」


 早苗は少し縄の跡が残る彼をそっと撫でて慰めた。

「……あの男に縛られたのか?」

 クロはしょんぼりと耳を垂らし、俯いた。

『夜中に起きたら、縛られてたの。クロ、悪い犬。何も出来なかった』

 情けない様子の犬を早苗は責めなかった。

「……クロは何も悪くない。怪我が無くてよかった」

 撫でていると、突然クロは起き上がり早苗の眼をじっと見た。

『……格さん、これも助さんに、言ったらダメなこと?』

 『助さん』の言葉に早苗はドキリとした。

「……え、あ、あぁ。心配するから言ったらダメだ」

 無理やり笑顔を作り、クロに言い聞かせた。
クロは訝しげな様子を見せたが、大人しく従った。

『……わかった。言わない』

 しばらく心地よさそうに撫でられていたクロだったが、はっと何かに気付いた。

『あ! お姉ちゃんは? お姉ちゃんは大丈夫?』

「へ? お姉…… ってまさか!?」

 早苗は下女の部屋に走った。





「大丈夫か!?」

 障子を勢い良く開けると、そこには手と足を縛られ、猿轡を噛まされた下女が転がっていた。
 すぐに早苗はその縄を解いて下女を助けた。

「……変な事されなかったか?」

 本来なら、こんな重要な事を男の姿で聞きたくはなかった。
しかし、元に戻れないものは仕方がない。
 そんな彼女の考えとは裏腹に、下女は気丈に答えた。

「大丈夫です。朝になってやっと縛られていたのに気付きました。それより……」

 下女は心配そうに早苗を見た。
聞きにくそうな事を聞こうか否か渋っている様子が早苗にはよく分かった。
 そこで彼女は精一杯明るいふりをした。

「見ての通り無事だ」

 しかし、下女はまだ不安げ。

「……本当ですか? 若奥さまを狙っての侵入では?」

 早苗はウソをついた。

「いや、ただの物取りだった。そんな奴が、俺に敵う訳ないだろ?」

「それは、確かに……」

 やっと納得した様子の下女の注意をさらに逸らすため、早苗は話を都合のいい方へ持って行くことにした。

「あのさ……」

「なんですか?」

「目薬持ってない?」

 その日一日、早苗は目薬しながら仕事をする羽目になった。
 



 助三郎が出立して三日が経った。
早苗はあの晩からずっと、男の姿のままだった。
 
「どうやったら、俺元に戻れるんだろな? クロ」

 早苗は鉈を大きく振りかぶって、薪を割った。
気持ちのよい音が響き、綺麗に薪が割れた。
 小さくなったそれをクロが咥え、庭の隅に持って行った。
そこには薪が山積みに。

「クロ、ありがと。ついでに、そこに巻き藁あるよな? 持ってきてくれ」

 クロは忠実に主の言うことを聞き、巻き藁を早苗の足元に置いた。

「見物するか?」

 クロはその場でお座りしていた。
 早苗はクロを撫でた後、部屋に戻った。

 部屋の隅の箪笥の奥、帯や着物の下から自分の大刀を引っ張り出した。
 それは、嫁入り道具として持ってきた刀。