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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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思わず、溜息混じりに呟いた。

「……申し訳ございません。母上」

 家を空け、母親を残して来た。
下男も下女も居て安全だが、彼は不甲斐なさを感じた。
 彼の母、美佳は夫亡き後、彼を女で一つで育て上げた。
それ故、彼は母を大切にしないといけないと強く思っていた。
 しかし、出来ない。水戸は遠くは無いが、近くもない。
 彼は再び大きな溜息をついた。

 しかし、いつまでも鬱々としないのが彼の取り得。
 大きく息を吸い込み、伸びをした。

「……いいや。どうにか理由つけて一回は帰るぞ!」

 彼は気合を入れなおし、いざ帰宅しようと歩きはじめた。
その彼の耳に声が届いた。

「兄上! 助三郎兄上!」

「ん?」

 この世に彼を『兄』と呼ぶのは二人いる。
一人はふざけて。真面目に呼ぶのはただ一人。

「あ! 千……」

 彼は思わず名を呼び、その人物に駆け寄ろうとした。
しかし、ぐっと思いとどまると慎重に辺りを見渡し、言葉を選んだ。

「……水野殿? どうしてここに?」

 彼の目の前にいた若者は助三郎の弟。千之助。
彼は緊張して、周囲に神経を張り巡らせている兄に笑いかけた。

「兄上。誰も居ません。大丈夫です」

「……ほんと、だな?」

「……はい」

 助三郎は顔をほころばせた。
弟の肩を力強く叩くと、彼をちゃんと名で呼んだ。

「千之助! 江戸に来てたのか? どうしてまた?」

「義父上に同行させてもらったんです」

「そうか。水野様に挨拶しに行かないとな」

「では、今晩大丈夫ですか? ついでに、これも」

「お、これか? いいねぇ」

 助三郎は、千之助のぐいと酒を飲む手振りを真似た。

「……格さんはどうする?」

 すると、少し申し訳なさそうな顔で千之助は義姉の出席を断った。

「込み入った話が有るので、義姉上はちょっと……」

 助三郎は、早苗に聞かれては不味い情報を持ってきたと見えるその言葉を受け入れた。





 助三郎と千之助は連れ立って水野家が逗留している屋敷へ向かった。
千之助の舅に挨拶し、世間話などして過ごした。
 そして、日が暮れ始めたころ酒宴となった。

 程よく酒が回った頃、千之助の舅はうれしそうに笑みを浮かべた。

「佐々木殿。千之助がなぜ私についてきたか、お分かりですか?」

「何か特別な理由でも? 千之助、もったいつけずに言え」

 すると、彼は兄の前で正座し満面の笑みで言った。

「実は…… 出来たんです!」

 水野家の二人が本当に幸せそうな顔をするのと反対に、助三郎は酒の肴のスルメを咥えたまま、ぽかんとしていた。

「……なにが?」

「香代に、出来たんです!」

 千之助がそう強調したが、ダメだった。

「……香代さんに、なにが?」

 呆れて天を仰ぐ婿を笑い、舅は助三郎に言った。

「佐々木殿、懐妊したんです。香代が」

「あぁ、カイニン。ん? 懐妊!? 子供ですか!? 父親は!?」

 水野の当主は声を上げて笑った、しかし、婿は兄を睨んだ。

「……鈍感兄貴。俺に決まってるだろ」

 そんなボヤキもむなしく助三郎は興味心身で弟を見回した。

「千鶴、お前本当に子供つくれるのか?」

「あたりまえです! 私はもう完全に男です! 千鶴って言わないでください」

「……すまんすまん。でも、やることちゃんとやってますねぇ。水野殿」

「ですね。若くてよろしいことで。はっはっはっは!」



 からかわれた千之助は、仕返しこそしなかったが兄に質問した。
今回、どうしても兄に話さなければいけない内容に話をもって行く前段階でもあった。

「兄上こそ、義姉上とどうなんですか?」

「……ん? ……まぁまぁだ」

 すぐにはぐらかす兄。
そんな彼に、若年者が何を言おうが聞くわけが無い。
 そこで千之助は手筈どおり、義父に話の主導権を譲った。
 
「佐々木殿。そろそろ真剣に考えなければいけませんよ」

 実の父が生きていれば、彼と同じ歳。
弟の義父は自分の義父でもあると思う助三郎は、おとなしく彼の話を聞いた。

「……そうですか?」

 真面目に話を聞くそぶりを見せた彼にひざを進め、声を低くした。
酒宴の席は一転して、評定のような重苦しさに包まれた。

「……実は、そちらの大叔父殿が『千鶴』を調べ始めました」

「まさか……」

「『千鶴』は後藤様の養女となった後、橋野殿が西国の藩士に書類上嫁がせたのですが……」

 女だった『千鶴』は消えた。
男となり、『水野千之助』と名を変え、婿となっている。

「……大叔父は、『千鶴』がもうこの世に居ないと、突き止めたのですか?」

「大丈夫です。橋野殿が裏工作を加えたので。ちょっとやそっとじゃ、ばれません」
 
「よかった……」

 ほっとしたのもつかの間。まだまだ問題は山積だった。

「しかし、代わりに千之助の不審点に気付いたようで」

「……不審点?」

「千之助は『平居の養子』ですが、その前の出自が不明ということ。兄上に姿が似ていると言うことに違和感を拭い去れないようで……」

 出自はどうにでも工作できる。
しかし、顔かたちは不可能。
 自分に似た弟が、助三郎は可愛かった。

「……どうすれば、いいのです?」

「平居は、何があっても千之助を守ると言っています。信じるに足る男です」

 助三郎は弟の問題にほっと胸をなでおろした。

「ありがたい…… 平居様」

 しかし、水野家当主にはまだ話すことがあった。
それは、佐々木家の将来に関わる大事なこと。
 もっとも、千鶴の話も千之助の話も、問題の根源はそこにあった。

 早苗。

「佐々木殿、今日渥美殿を、いえ、早苗さんを呼ばなかった理由、もうお解りですよね?」

 すっかり三人の酔いは冷めていた。
助三郎は、早苗の笑顔を思い浮かべ胸が締め付けられる思いをしていた。
 これから聞く話が、無性に怖かった。

「……なんとなく、勘付いてはいます」

 水野の当主は、極力穏やかに話を進めた。

「早苗さんの度々の不在。あまりに多く長いので、不信を募らせているようです」

「やっぱり……」

 常日頃心に引っかかっていた不安だった。

「それと、大変言いづらいですが、この機に乗じて、新しい嫁をという話が出たそうで……」

「は!? 早苗が居るのにですか!?」
 
 助三郎は思いっきり取り乱した。
十歳のあの日から、彼のなかには早苗だけ。
 他の女など、考えも及ばなかった。
 
「あの、死に掛け糞大叔父め……」
 
 いつになく殺気立つ彼をどうにか落ち着かせ、話は続いた。
 

「……ちなみに、結婚して何年ですか?」

「今年の秋で…… 四年になります」

 少し言葉をにごらせつつ、水野家当主は小さく言った。

「『三年子無きは去れ』 常に肝に銘じていたほうがよかろうかと……」

 助三郎はゾッとした。
彼はそんな馬鹿な言葉に騙されはしない。
 しかし、真面目な早苗はそれを守る可能性が高い。
 ……現に、結婚できない身体になりかけた彼女は身を引くために、自害未遂を起こした。

 助三郎は、動揺した。