凌霄花 《第二章 松帆の浦…》
「私は、私は彼女に誓いました! 何があろうと、一生傍に居ると! 早苗さえ居れば、家も身分も何も要りません!」
熱いその言葉に、水野家当主は寂しげな笑みを浮かべた。
「……何から何まで、龍之助そっくりだ」
「……え?」
「あ、いえ…… とにかく、離縁が嫌なら、まずは死ぬ気で子作りしなさい。早苗さんを手放したくなかったら、守りたかったらそれしか道はないですよ」
重い言葉。
重い責務が助三郎に圧し掛かった。
縁側で、佐々木の兄弟が座っていた。
もう夜も遅い。
「早く、死ねばいいのに……」
ポツリと、千之助が漏らした。
「……大叔父か?」
「……はい」
助三郎は笑った。
笑うしかなかった。
なぜ、自分の父親は若くして亡くなったのに、大叔父は生きているのか。
なぜ彼は自分たちの生き方に首を突っ込むのか。
「……兄上」
「なんだ?」
「人目なんか気にしないで、大きな声で呼びたい。兄上って……」
助三郎は可愛い弟を見つめた。
「俺もだ。お前のこと、千之助って呼びたい」
弟は兄に頭を下げた。
「兄上、大叔父を黙らせて、絶対に義姉上を守ってください。兄上にしか、出来ませんから」
「子ども、か…… 子作りしろって言われてもな……」
彼は早苗をほとんどといっていいほど、抱かない。
彼女を傷つけるのが怖い。彼女を失うのが怖い。
その恐怖心から、彼は男の欲求を押さえ付けてきたからだった。
しかし、そのせいで彼女の身に危険が忍び寄っている。
助三郎を大いに苦しめ始めた。
「たとえば、上手くいって懐妊したとする。すると格さんはどうなる?」
男としての仕事が山とある。
そのために毎回男に変身などしていたら、身重の場合、命に関わるかも知れない。
ならば、いっそ藩主に願い出て『渥美格之進』の解雇を頼み、解毒剤を飲ませればよかった。
しかし、彼にそんなことはできない。
「……なんで早苗の弟として、本当の男で生まれてくれなかった?」
無二の親友で、同僚で、好敵手である『彼』を失うのが怖かった。
「はぁ。馬鹿だな俺…… ごめんな、早苗。こんな弱い旦那で……」
彼は己の心の弱さを嘆いた。
作品名:凌霄花 《第二章 松帆の浦…》 作家名:喜世