二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

INDEX|20ページ/31ページ|

次のページ前のページ
 

「はい……」





 それから数日後の夜遅く、早苗はお夏の声で眼を覚ました。
彼女はなぜかクロを抱っこしていた。

「……どうかした? クロに何かあった?」

「クロがなにか言いたげなので、早苗さまならお解りになるかと思いまして……」

「何かしら」

 早苗はクロをお夏から預かると、何事か聞いた。
すると彼はこう言った。

『虎轍《こてつ》にお水とご飯あげて!』

「へ? 虎徹?」

『水戸から助さんを乗せて一生懸命走ったの。お腹空いてのど乾いてるって』

 夜中に騎馬での帰宅。助三郎は馬を無理に跳ばしたに違いない。
早苗は助三郎の愛馬、虎徹の労を労うことにした。
 傍に控えていたお夏に、仕事を命じた。

「お夏ちゃん、庭に虎徹が居るだろうから、水あげて。飼葉は無いから、野菜でもあげてくれる? なるべく良いやつを」

「はい。分かりました」

 お夏が仕事へ向かうと、早苗は夫の行方をクロに聞いた。

「助三郎さまは? どこ?」

 するとクロのピンとたった耳は少し萎れ、尻尾は力を失った。

『ここまで来た。でも、すぐに奥の部屋に行っちゃった。クロ撫でてくれなかった……』

 クンクンと悲しそうな声を上げた犬の頭を、早苗は代わりに撫でてやった。

「泣かないの。助三郎さま、きっと疲れてるのよ」

 早苗は少し元気を取り戻したクロに礼を言うと彼を寝かしつけ、早速夫を探した。
 そして、奥の書斎として使っている部屋で彼を見つけた。

 布団も敷かず、旅装も解かず、壁にもたれて刀を抱いて眠っていた。
 
 早苗は、久しぶりに見る夫の姿にほっとし、寝顔をじっと見つめた。
 
 しかし、すぐに彼の身形が酷く悪い事に気付いた。
 着物はところどころ破れ、ほつれ、道中で付いたと見える埃やどろですっかり汚れていた。
顔の無精ひげも目立ち、更に埃と汗で汚れていた。
 早苗はそんな夫の旅の疲れを、少しでも取ってあげようと思い立ち、盥に水を張り手拭いを浸した。
それを硬く絞り、夫の顔に着く泥を拭うことにした。

 助三郎の頬に、手拭いが付いたか付かないかの一瞬だった。
彼は突然眼を開け、凄まじい速さで、抱いていた刀を抜き払っていた。


 ガチッという鈍い音が部屋に響いた。
と同時に、男の怒声が飛んだ。

「助三郎! 落ち着け! 俺だ!」
 
 早苗は助三郎の白刃を、傍に転がっていた小太刀の鞘で受け止めていた。
 もしも、刀に手を伸ばして防御する動作が遅れていたら、変身せずに女のままであったら、彼女の命は無かったに違いない。

 彼女の怒声で助三郎は我に返った。

「格さん!?」

 急いで刀を鞘に戻すと、早苗から大分距離を置いて土下座した。

「すまん!」

 助三郎は顔を上げず、謝り続けた。 

「大丈夫だから、顔を上げてくれ……」

 しかし、助三郎は顔を上げなかった。

「お前の命、危うく奪う所だった……」

 泣きそうな声でそう呟きながら、彼は震えていた。

 早苗も夫のとった恐ろしい行動に心底動揺していた。
しかし、平静を装い笑顔を作り、彼を安心させようとした。
 振るえ続ける夫の手に、そっと手を重ねた。

 しかし、瞬時に助三郎は手を引っ込めた。

「……大丈夫か?」

 普段とは様子が大分違う夫が気に掛かった。
帰ってきた返事はなんとも弱弱しい声だった。

「……大丈夫だ」

 そうは言っても、大丈夫そうでない彼を早苗は気遣った。

「顔色が悪い……」

 顔を覗き込んだが、助三郎はなぜか早苗と眼を合わせようとしなかった。
その代わり、低く言った。

「大丈夫だ…… 寝れば治る……」

 そして、早苗に背を向けると、ゴロンと畳に横になった。
刀を抱きよせ、抱いたまま。
 勿論、先程のようにとっさに抜いてしまわないよう、刀の柄を足の方に向けてはいた。

 早苗はそんな夫の姿に驚いた。

「ここで寝る気か? 布団も敷かずに?」

 助三郎は寝ながら言った。

「……お前と同じ部屋で寝て、またおかしなことになったら敵わん。布団は面倒だ。別にいい」

 あまり調子が良さそうでない彼に、これ以上声をかけてはいけないと感じた早苗は、大人しく下がることにした。

「お休み。助三郎……」

 返事は帰ってこなかった。

 まだ夜が深かった。
早苗は寝所に戻ると、女に戻り、布団へ潜り込んだ。
そして再び眠りに落ちた。





 朝、早苗は少し起床時間が遅くなった。
急いで身形を整えると、書斎の助三郎を見舞意に向かった。

「おはよう! 助三……」

 部屋の襖は開け放たれていた。
しかし、中には誰も居なかった。
 早苗はそれから家の中の心当たりを探したが、彼は何処にもいなかった。

「お夏ちゃん、助三郎さま見なかった?」

 台所で食事の支度をしているお夏に声を掛けた。

「そういえば、朝とても早くなにも言わずに出て行かれました…… お伝えせず、申し訳ありません」

 早苗はがっかりしたが、彼女を責めはしなかった。

「謝らなくていいわ…… ありがとう」





 早苗はその日出仕日だった。手際良くその日の仕事を終えると、急いで帰宅した。
出迎えたお夏に、すぐさま聞いた。

「助三郎帰って来たか?」

「いいえ。まだです」

 その言葉に早苗は安堵した。

「よし。帰って来る前に夕餉作ろう。あ、お夏は休んでていいぞ」
 
 助三郎の好きな物をいっぱい作って、一緒に食事をしたかった。
 しかし……

 彼は待てど暮らせど、帰ってこなかった。
早苗は箸をつけていない料理を前に、船を漕ぎ始めた。
 そんな彼女に、お夏が声を掛けた。

「……早苗さま、もうお休みになっては?」

「……ううん。待つわ。せっかく作ったんだもん」

 しかし、結局早苗は寝落ちしてしまった。
彼女がはっと気付いた時、既に空が白け、部屋に日の光が差し込んでいた。

「寝ちゃった……」

 盛大に落ち込む早苗は、はらりと落ちた物に気付いた。
 それは男物の羽織。助三郎の紋が染め抜いてあった。

「……助三郎さま」

 夫が帰って来た事に気付くと同時に、寝てしまって出迎えが出来なかった事を詫びようと、早苗は助三郎を探した。
 しかし、またしても彼は居なかった。

「……なんで会えないの?」
 
 しかし、くよくよしてばかりも居られない。
夫に食べてもらえなかった夕餉は無駄にせず、弁当箱に流し込むと職場へと向かった。

 その夜、早苗は昨晩の無念を晴らすため意気込んでいた。

「今日は絶対寝ないわ!」

 何処から出してきたのか、鉢巻をして、襷がけまでしていた。
少しおおげさな姿にお夏は少し笑ったが、彼女は早苗の味方だった。

「わたしも早苗さまがもし寝てしまわれても良いよう、起きています」

「ありがとう。心強いわ。よし! 早く帰ってこい! 助三郎さま!」

 しかし、そんな早苗の願いもむなしく、助三郎の帰宅はその日も遅かった。
早苗はどうにか出迎える事が出来たが。

 出迎えるなり、助三郎は驚いた様子で早苗を見た。

「……なんだ、起きてたのか?」

 彼に早苗はにこっと笑い掛けた。

「うん。起きてた」