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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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 そして、いつものように夫から刀を受け取ろうと手を差し出した。
 しかし、彼は渡さなかった。

「……起きて待ってなくていいから、寝てろ」

 冷たくそう言い放ち、早苗の横をすり抜けて行った。
早苗の眼は一瞬で冷めた。
 そして、困惑した。

「でも、でも……」

 奥へと向かう夫を追いかけると、彼は彼女の顔も見ず無感情に言った。

「とにかく、寝るんだ。身体に悪い」

 そして、書斎として使っている部屋の障子を開けた。
もちろん、そこは夫婦の寝所ではない。

「あ、待って……」

 夫の後に続こうとした矢先に、鼻先で障子を閉められた。
早苗は悲しくなったが、ぐっとこらえ夫に声を掛けた。

「……お風呂は?」

「いい」

「……ご飯は?」

「要らん」

 なんとも冷たい言葉に、早苗は言葉が出なかった。
期待した彼の笑顔はどこにもなかった。
 諦めて早苗は居間へと戻った。
そこではお夏が助三郎の食事の支度をしていた。

「お夏ちゃん、ごめんね、ご飯要らないって……」

 お夏は手を止めた。
早苗は俯き加減で言った。

「明日のお弁当に持っていくね……」

 深い溜息をついた彼女を、お夏は見逃さなかった。

「お疲れの御様子。そろそろお休みになっては?」

 しかし、早苗はそこから動こうとしなかった。
様子がおかしい主に気付いたお夏は、彼女の傍に座り話を聞いた。

「……助三郎さま、わたしがあの男に襲われそうになった事、知ってるのかな」

 早苗が心配するのは、あの夜の出来事だった。
大伯父の配下の下男に、手籠めにされそうになった事。
 しかし、早苗は無傷だった。なにも無かった。

「大丈夫です。あの方、あの夜になにも見てない、聞いて無いとおっしゃってたんでしょう?」

「でも……」

 あの夜この役宅に居たのは、お夏と入れ替わりで水戸に帰った佐々木家の下女。
彼女はなにも見てない、なにも聞いて無いと言っていた。
 しかし、早苗はそれを信じきれなかった。

「もしかしたら、嘘かも…… どうしよう。全部知ってて、助三郎さまに話してたら……」

 佐々木家の下男下女は皆早苗に優しかった。
しかし、一番腹を割って付き合えるのは、実家から付いて来たお夏だけ。
 お夏も早苗を支えようと日々頑張っていた。
この時も、なんとか早苗を落ち着かせようと、彼女に声をかけ続けた。

「落ち着いてください。大丈夫です。なにも心配はありません」

 



 数日後、早苗は非番だった。
相変わらず助三郎は早苗に顔も見せず、すれ違いが続いていた。
 それ故、早苗の鬱憤は溜まって行く一方。ちょっと気を抜くと、嫌な事ばかり考えてしまうようになっていた。
 しかし、それではいけないと思った彼女は、気分転換の為に部屋の模様替えをし始めた。
一通り、満足のいく配置になった後、早苗は掃除にとりかかった。
 普段からちょくちょく掃除しているので、そこまで汚れは酷くない。
しかし、彼女がどうしてもしなければいけない部屋が一つあった。
 しばらく手を出せなかった、書斎。
 
 助三郎が寝所として使うようになってから、早苗は一度も足を踏み入れてはおらず、掃除もしていなかった。
 彼はは恐らく今晩も夜遅くまで帰ってこない。
早苗はまたも鬱々としそうになったが、頭を切り替えた。

「よし! やるわよ!」

 勢い良く障子を開け放つなり、目の前に広がる景色に、一瞬言葉を失った。

 書斎は酷く散らかっていた。
書き損じた紙を丸めた物が床に散らばり、何処から運んで来たのか布団は敷きっぱなし。
 汗をかいて汚れたであろう寝間着も、自分で洗濯したと見える下帯や手拭いも、畳まずに部屋の隅に丸めてあった。
 ここまでだらしのない事をした夫を見た事が無い早苗はこの光景に驚き、しばらく立ち尽くした。
まさかこんなことになっているとは思いもしなかった。

「とにかく、掃除しなとね……」

 万年床と化しつつある布団を部屋から運び出し、洗濯が必要な物とそうでないものをよりわけた。
 ひととおり部屋の床が綺麗になると、今度は机の上の片付けに着手した。
 質が悪い紙に殴り書きしたものや、清書したと見える紙。様々な物がぐちゃぐちゃになっていた。
 早苗はそれを一枚一枚選りわけ、纏めて行った。

「こんな良い紙にこれだけの文字? 勿体無……」

 早苗の手がピタリと止まった。
上質な紙に書かれている文章を眼にした途端、彼女の血の気は一気に引いた。

「なに? これ……」

 震えだした早苗の手の中の紙には、こう書かれていた。

『あの婚姻の届け出は紛い物。それ故、あの女子は我が妻に非ず。早々に離縁を申しつくる物成』

「これって……」

 最悪な答えが頭をよぎった。
しかし、それを口に出す前に、早苗は人の気配を感じとった。
 恐る恐る、その気配を確かめようと振り向いた。
それは、助三郎だった。
 こんな時間に彼が戻ってくるとは思いもしなかった早苗は驚き、声を上げた。

「お、お帰りなさいませ……」

 助三郎は、訝しげな眼で早苗を見た。

「……ここで何やってる」

 早苗は手に持っていた紙を背後に隠した。

「掃除を……」

 助三郎はジロリと部屋を見渡した。
部屋はもとより、机の上の紙がほぼすべて纏められていることと、早苗が背中に一枚紙を隠し持っていることに気付いた。
 その途端、彼は早苗から紙を奪い取り、ぐちゃぐちゃに丸めると、低く言った。

「勝手に触るな……」

「ごめんなさい……」

 気まずい早苗は後ずさりした。
追い打ちを掛けるように、助三郎は彼女を追い出そうとした。

「早く行け」

「でも、まだ片付けが……」

 そう言って彼女が掃除道具に手を伸ばした瞬間、彼は怒声を上げた。

「掃除なんかいい! 良いから早く出ていけ!」
 
 早苗は彼の声に驚き、身一つでその場を走り去った。





 「くそっ!」

 一人残った助三郎は、その場に崩れ落ちた。
畳に気だるげに転がると、しばらく瞑想していた。
 が、突然、キッと眼を見開き天井を睨みつけた。

「……これも、すべて計画通りなのか?」

 忌々しげに吐き捨てた。
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(*1)本所
現在の東京都墨田区。両国国技館の近く。