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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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狭い茶室に呼ばれ、緊張しながらも主の茶を頂いた。

「……最近どうだ?」

 茶を点てながら、綱條は早苗に声を掛けた。
 
「はっ。大きな動きは見られませぬ。佐々木からの報告は?」

 少し不安だった早苗は主に伺いを立てた。
すると彼はフッと笑った。

「あるが、文書だけだ。酷く忙しいようだな?」

 どうやら主の所にも顔を見せていない様子。
早苗はますます助三郎が解らなくなった気がしていた。

「役宅にも夜中に帰って、早朝に出て行くらしいな?」

「はっ、そのようで……」

「そなたともほとんど顔を合わせておらぬのだろう?」

 時たま、己の正体や渥美格之進と佐々木助三郎の真の関係を知っているような話し方をする主。
一体何処まで何まで知っているのか分からない。
 そんな主に、早苗は毎回緊張した。
しかし、彼は彼女の緊張など知ってか知らずか、

「たまには二人で共に顔を見せに来るように。また義父上の昔話をしたいからな」



 茶室から出ると、綱條は急に思い出したように言った。

「そうじゃ。今日は職場に戻らずともよい。お前に会いたいと参られた方が居る。書院にて待っておれ」

 突然の客人の知らせに早苗は驚いた。
上屋敷で藩主に面会の申し出をする客人。
 一藩士でしかない自分に会いたいと言う。
 並みの人間ではない。

 そんな考えを巡らしていると、綱條は優しい笑みを浮かべた。

「……そなたの元気が、ちょっとは出るといいがな」

 早苗は真意が解らず、きょとんとするだけだった。





 言われた通り、早苗は書院で一人客人を待った。
誰が来るのかと考えていたが、候補がありすぎて見当がつかなかった。
 旅の道中で様々な藩の人間と触れあった。誰が来てもおかしくない。
 また、己に会いたいのは建前で、実際は光圀の話をしたくて来る可能性も否めない。
ああでもないこうでもないと考えていたが、客人はなかなか現れなかった。
 いつしか早苗は、初めて藩主徳川綱條に謁見した時を思い出していた。
彼女の隣には、助三郎。
 もちろん、彼は早苗の大好きな裃姿。
その姿を褒めると、惨めになると妙な事を言った助三郎。
 物凄く昔のようなことに思え、早苗は懐かしさを感じていた。

「助三郎……」

 
 眼を瞑る事でしか、笑顔の優しい彼に逢えない。
心の中で、彼の声を聞くしかない。


「待たせたな、早苗!」

 心の奥底ではなく、耳元で聞こえた夫と同じ声に早苗は驚いた。
そして思わず振り向いた。

 そこには、あの顔があった。

「早苗。元気だったか?」

 早苗は本当に久しぶりに見る彼に笑みを浮かべた。
……しかし、それは心からの、本当の笑みではなかった。 


「……義勝様、お久しゅうございます」

 早苗は、夫と瓜二つの信濃の国の藩主とを決して間違うことは無かった。
 化けの皮が剥がれた、偽助三郎ならぬ義勝は、申し訳なさそうに言った。


「やっぱり早苗さんの眼はごまかせない。さすがです」

 彼は本物の助三郎により近づける為、地味な着物にしていた。
主綱條の言った『元気がちょっとは出るといい』
 それはこういう意味だったのかと早苗は実感した。
 主と義勝の冗談混じりの気遣いに早苗は心から感謝した。

「当り前です! 申し上げたではありませぬか。誰が夫と他人を間違う物ですか!」

 そう言って彼の羽織を片手に入って来たのは、小夜。
義勝の幼なじみで腰元だったが、彼に求婚され正室になっていた。
 義勝は彼女に言い訳を始めた。

「だって、水戸様が早苗さんが元気ないっておっしゃってたから、笑わせてやれって……」

「あぁ、呆れた。何処が笑えるのですか? 笑えます?」

「どうかな? 面白かったですか?」


 中身が助三郎と真反対の大人しく上品な性格義勝と、姉さん女房で気が強い小夜の応酬。
早苗はその面白さに、久しぶりに声を出して笑った。

「よかった。笑ってくれたよ。小夜」

「はいはい。解りました。殿、早くお座りになってください」

「はい……」

 早苗は再び二人を見て笑った。

 それから三人は互いの近況報告をし合い、楽しい時を過ごした。
そして、小夜からの申し出で義勝には席をはずして貰い、二人だけで話すことになった。
 
「わたくしはあなたの真の御姿に御会いしたことがございません」

「そういえば、そうでした」

 あの時、早苗は義勝と光圀を守るためずっと男のままだった。
そしてその気疲れの結果、忘れもしないあの事件が起こったのだった。
 あの事件の発端となった男、あの事件を解決し、己を救ってくれた最愛の男。
 彼は今居ない。

「しばらくの間、厳重に人払いをしてあります。早苗さん、よろしければ女子に戻って頂けませぬか?」

「はい」

 早苗は小夜の前で女に戻った。もちろん、一国の藩主の正室に面会するのにふさわしい着物に身を包んで。
 一通り挨拶を済ませると彼女は思いがけないことを口にした。

「ほとんど初対面のわたくしが言うのもなんですが……」

「なんでしょうか?」

 小夜は深刻な顔で早苗にこう言った。

「うちの殿に瓜二つのあの男が、貴女を悲しませているようにしか思えませぬ……」

 早苗はその言葉に驚き、目を見開いた。

「やはり…… 誰かに相談はされましたか?」

 早苗は動揺のあまり答えを返せなかった。

「あの貴女の一番のお友達の若菜さん、いえ由紀さんにも?」

「はい…… ただ、事情を知る下女にはすこし……」

 早苗の沈痛な面持ちを見た小夜はこう提案をした。

「わかりました。早苗さん、今からわたくしに一からすべてお話しなさい」

「え? 小夜さまに?」

 豪快な言葉に早苗は驚いた。

「わたくしは他藩の人間、誰にも貴女の話は漏らしませぬ。それに、うちの殿が御迷惑をかけた分、早苗さんに恩返ししないと」

「ありがとうございます……」

 早苗は小夜に、一つ一つ己の悩みを話し始めた。
話して行くうち、早苗の眼から涙が出てきた。
 それは下女の前では、決して出なかった涙だった。
 なにも聞かず、ただ早苗の話しを真剣に話を聞く小夜の前で、早苗はいつしか大泣きしていた。

「助三郎さまに逢いたいのに、助三郎さまに逢うのが怖いんです……」

 小夜は大泣きし続ける早苗を、己の豪華な打ち掛けが濡れるのもいとわずにそっと抱き締めた。

「あの人の事、いつか諦めないといけないかもって、忘れないといけなくなるかもって、ずっとどこかで覚悟してたはずなのに、怖くて、出来ない……」

 わんわん泣く早苗の頭を撫で、小夜はずっと早苗の話を聞き続けた。

 そこへ突然、

「せっかくだから三人でお茶でもどう?」

 
 暢気な義勝がフラフラっと入って来た。
その声を聞いた早苗の涙は更に激しさを増した。

「助三郎さまの声が、顔が、すべてが忘れられないんです。優しかった時の、あの……」

 小夜は凄まじい勢いで義勝を睨みつけた。

「人払いを命じたのに、勝手に入ってくるとは何事ですか!」

 妻の恐ろしい雰囲気に気押された義勝は、大泣きしている早苗にも謝った。