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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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「ごめんなさい。早苗さん、大丈夫ですか?」

 早苗からの返事は無し。
そして妻からはキツすぎる言葉をもらってしまった。

「その顔と声が余計酷くさせるんです! 早く出て行きなさい! 偽助三郎!」

「そんな…… 酷い……」

 しょげた偽助三郎は、とぼとぼと一人で何処へ姿を消した。

 しばらくの後、小夜は泣きやんだ早苗の涙を拭いてやり顔を上げさせた。

「さぁ、早苗さん、前を向きなさい」

 そしてしっかり彼女の眼を見て言った。

「いいですか? あの男は、貴女しか見ていません。あの男には貴女だけです。そう強く信じなさい」

「はい……」

「そして、いつまでも待っててはいけません。勇気を出して、貴女からいきなさい」

「はい……」

「貴女は溜めこむ性格のよう。泣いて吐きだして、少しはすっきりしたでしょう?」

「ほんとだ、身体が、心なしか軽いです」

 
「そう、そうやって思いっきり泣きなさい。泣く場所がないのなら、わたくしの所に来なさい。江戸住まいなので、いつでも居ますから」

 早苗は、優しい姉を見つけた気がしていた。
そして、彼女の言葉に甘えまた相談しに行こうと思った。

 それから、早苗と小夜はどこかへ行ってしまった義勝を探した。
ふてくされ、いじける彼の機嫌を直すと、三人で茶を楽しんだ。

「では、早苗さん、また会いましょうね」

「はい。小夜さま」

 早苗はスッキリとした心持で、二人を見送った。
悲観にくれてばかりの生活はダメだと心を新たにしていた。





 次の日の夕方、帰宅の準備をする早苗に同僚の一人が声を掛けた。

「渥美、今から暇か?」

「特に予定はございませんが。なにか?」

「みんなで飲みに行こうって。上のおごりだ」

 嬉しそうに言う彼に、悪い気はしなかった。
どうせ帰ってもすることは特にない。
 職場の人間ともっと親密になっておいた方がいいと前向きに考えた早苗は、誘いに乗った。

「では、ご一緒します」





 一件目で結構な量を飲んだ一行だったが、まだまだ序の口だといって、二件目に梯子ということになった。

「渥美、お前酒強いな!」

 少し顔が赤い男が早苗の肩を叩いた。

「そうですか? 先輩には負けますよ」

 楽しい酒の席だったので、気分が良い早苗だった。

「じゃ、次の店で飲み比べ勝負でどっちが強いか調べるぞ!」

「えぇ? 勝てるかな」

「あ、顔に余裕が見える! 恐ろしい男だ!」
 
「はははは!」

 笑いあって、店を探しながら皆で歩いていると、突然声を上げた者が居た。

「なぁ、あれって、佐々木じゃないか?」

「え? あ、ほんとだ。佐々木だ」

 早苗は彼らの視線の先を追って、固まった。
否、頭が真っ白になり、一気に身体の血の気が引いた。

「……嘘だろ」

 かつて、己の精神と肉体を崩壊寸前まで追いつめたあの悪夢。
それと同じ光景が早苗の眼の前で現実となっていた。