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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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「来ないで!」

 男はその凄まじい様に驚き、平伏した。

「平にご容赦を! ただ雨宿りをしようとしただけでして、それ以外は何も……」

 しかし、早苗は男を脅しているのではなかった。
脅していたのは、この世のモノでは無いモノ達。

 第三者の乱入で、彼らの攻撃は失敗に終わった。

 ダメダ ジャマガキタ

 マタニシヨウ マタクル 

 マタクルカラナ 

 彼らは残念そうにつぶやき、一人また一人と消えていった。

 早苗はそれを見ると、刀を下ろした。

「わたしの、勝ちね。ハ……ハハ……ハハハハ!」

 勝ち誇っての高笑い。
 その狂気の沙汰を、ギョッとした眼で先程の男は観ていた。
 
 どう見ても、彼女は精神的に正常ではない。
 そう思ったのか、彼は早苗から離れ、お堂の隅で濡れた着物を乾かしながら、雨がやむのを待つことにした。




 
 相変わらず外は雨。雷も鳴りやまない。
 しかし、男はいつしか夢の中。早苗も、気が抜けたこともあってか、うとうとし始めた。

 しかし、彼らは去って居なかった。
 早苗の隙を窺い、好機を待っていた。
そして、早苗が浅い眠りについた時、行動に出た。





 早苗の眼が開いた。

「……助三郎さま?」

 その場にすっくと立ちあがった。

「助三郎さま! 来てくれたの!? あ、待って、今行くわ」

 お堂の外へと歩き出した。

 眠っていた男はその早苗の声で眼を覚ました。
連れが迎えに来たのかと、寝ぼけ眼で辺りを見渡したが、それらしき人影は無かった。
 眼に入ったのは、早苗が裸足のままお堂の外へ掛けて行く様だった。





「助三郎さま……」

 早苗の耳には、人成らぬモノ達が聞かせる助三郎の声が聞こえていた。
眼には助三郎の幻が映っていた。
 彼女は幻に手を差し伸べた。

「助三郎さま……」

 しかし、幻の彼は早苗の手を取らなかった。
彼女の前を距離を置いて歩いて行った。
 操られるように、早苗は幻の後を追って歩みを速めた。

「待って…… 置いてかないで……」

 彼女はいつしか、お堂の傍にあった池の方へと歩みを進めていた。
しかし、水際でその歩みが止まることは無かった。
 ヒトならぬモノたちは、早苗を溺れさせようと図ったのだった。
 
 正気を失っている彼女は、ひたすら助三郎の幻影を追った。
 ……池の中までも。

 最初はくるぶし程度の水の深さが、進めば進むほど、深くなっていった。
 着物が水を含むにつれ、どんどん重くなった。

「待っ……」

 冷たい水に引きずり込まれ、早苗は意識を失った。





『……苗、早苗?』

 優しく懐かしい大好きな声に気付き、早苗は重い瞼を開けた。
その眼に映ったのは、誰であろう。助三郎だった。

『……助三郎さま? どうしたの?』

 そう言った途端、彼はホッとしたような、泣きそうな、嬉しそうな顔になった。
しかし、すぐに目を吊り上げ、彼女を怒鳴り付けた。
 その声は震えていた。

『どうしたもこうしたもあるか! なんで泳げないのにあんな危険な事した!?』

 しかし、彼女は怒られる理由が分からなかった。

『だって、助三郎さま、呼んでも逃げてっちゃったから、追い掛けたの、だから……』

 助三郎は彼女からすべてを聞く前に、ギュッと彼女を抱き締めた。

『……可哀想に、悪い夢見たんだな? 怖くなかったか?』

 久しぶりにしっかりと抱き締めてくれる彼に、早苗は甘えた。
しっかり彼を抱き返し、彼の温もりを感じた。
 その時、早苗の脳裏に、助三郎の不在中の辛い日々、違う女との逢瀬の光景が浮かんだ。

『……あれは、あれは全部夢なの?』

 助三郎は身体をいったん離すと、早苗の目をじっと見つめて、優しく安心させるように言った。

『そうだ。夢だ。全部夢だ。俺はここに居る。お前の前に居る』

 早苗は助三郎にしがみついた。

『ほんと? もう一人にしない? ずっと傍に居てくれる?』

 助三郎は早苗の眼を覗き込み、優しい眼差しで言った。

『あぁ。ずっと一緒だ。歳とって死ぬまでずっと一緒だ』
 
 そして、彼の顔が近づいてきた。 
 早苗の胸は高鳴った。眼をそっとつぶった。

『助三郎さま……』

 しかし、その時、聞き覚えのない濁声が突如として邪魔をした。

「戻ってこい! 死ぬんじゃねぇ! 眼、開けろ!」

『……へ?』
 
 驚いた早苗は眼を見開いた。
たちまち眼の前の助三郎は消え失せた。
 彼女の眼に入ったのは、見覚えのない天井。
しかし、そこがどこなのか、自分は何をしているのかを思い出す前に、彼女を猛烈な吐き気が襲った。
 それから彼女は、ただひたすら飲み込んだ水を吐きだした。
その間、彼女は自分の背中をさすり、懸命に励ましてくれる男の存在に気がついた。
 もうこれ以上水は出ないと分かった途端、その男は安心した様子で、彼女の傍に足を投げ出してへたり込んだ。

「よかった…… よかった……」

 早苗は、必死に考えを巡らせたが、彼が何者なのか、どうして自分はここにいて、こんな事をしているのか、何も理解できなかった。
 記憶は、雨宿りしていたお堂で、人成らぬモノ達を追い払った所で終わっていた。
 早苗は、意を決して男に声を掛けた。

「……あの、すみませんが、貴方は一体?」

 男は、早苗の質問にすぐに答えてくれた。

「お堂で一緒に雨宿りしてた者だ。覚えてるか?」

「いいえ……」

「そんじゃあ、池で溺れたのは覚えてるか?」

「えっ…… 池で?」

 すべて全く記憶に無い。
早苗が眼を白黒させていると、男は笑った。

「まぁ、正気失ってたからな…… もう大丈夫みてぇだが?」

 早苗は命の恩人に頭を深々と下げた。

「本当に、申し訳ございません……」

 すると、男ははっと何かに気付き、早苗から離れて突っ伏した。

「こちらこそ、申し訳ねぇ! あ、すみません! お武家さまにこんな口聞いて……」

「あ、やめてください。どうぞ、頭を上げてください。それに、貴方が話しやすい話し方でどうぞ、構いません……」

 男にそう言うと、彼は頭を恐る恐るあげた後、ホッとした様子でその場であぐらをかいた。

「……そうですか? じゃ、お言葉に甘えて」

 早苗はその男をしばし観察した。
江戸っ子の威勢の良い男。
 歳は父親の又兵衛くらいの歳であろうか。日に焼けて居る上に体格も良く、至って丈夫そうな男だった。
 その彼に、自分を助けてくれたことを心の中で感謝した。
一方、彼も早苗の事が気になったようだった。

「……一つ聞きたい事があるんですが、いいですか?」

「はい。なんでしょう?」
  
 男からは妙な質問が帰って来た。

「……その、あなたさまは、お侍さんですかい? それともお武家の奥方様ですかい?」

「……へ?」

「……溺れる前は、確かに奥様だったんだが、ほら、今は立派なお侍さんなのでねぇ」

 早苗ははっとして自分の身体を見た。
おぼれた際に防衛本能が働いたせいか、姿と身形は武家の格之進だった。
 早苗はすぐさま女に戻った。

「……すみません、女です」