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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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 しかし、眼の前で大きな男が小柄な女に変わるのを見て驚かない者は居ない。
男も例外ではなく、大層驚いていた。

「……すげぇな あんな男前に化けられるのか」

 早苗は正直に答えた。

「男前はともかく…… 変われます……」

「へぇ…… 芝居だけと思ってたが、本当にそういうのってあるんだなぁ…… すげぇなぁ……」

「お芝居、ですか……」

 言われたことの無い例えに、早苗は少し答えに詰まった。
少々の沈黙が二人の間を流れたが、男がそれを断ち切った。

「……もし、差支えなかったらでいいんですが、あなたさまの事、ちっとでいいから、教えてもらえませんかね?」

 早苗は簡単な身の上と、お堂に来るにいたった理由を話した。
 男は涙もろかったようで、早苗の話しを泣きながら聞いた。
そして、早苗の力になると彼女を励ました。
 仲の良い人には言えない悩みを、全くの初対面の人間に話し、少し気が楽になった。
そして眼の前の男に興味がわいた。

「……貴方のことも、御伺いしてもよろしいですか?」 

「あ、いけね。そうだった。本所の大工で元締め、平兵衛と申しやす」

「平兵衛さん。大工さんですか。本所で……」

 こんなときでさえ、早苗は仕事を忘れていなかった。
『本所』と言えば、赤穂の浪人たちの仇、吉良上野介が移り住む土地。
 何か関係があるかもしれない。そう考えていた。

「あと…… 娘が一人いる。早苗さんと同じくらいじゃねぇかな?」
 
「あ、娘さんいらっしゃるんですか」

 興味深げな早苗の表情に気付いた平兵衛は、早苗を元気付けようと冗談交じりに言った。

「早苗さんみてぇに、おしとやかとか、お上品ってぇのとは程遠いですけどねぇ」

 早苗はクスッと笑った。

「おしとやかなんて。そんな事ありませんよ。わたしなんか、ほら、半分男ですから」

 その途端、平兵衛の声は震え、目は潤んでいた。

「よかった。笑えるなら、冗談言えるなら、もう大丈夫だ……」

 早苗は己の事のように悲しんでくれる彼を見て、しばらく会っていない水戸の父を思い出していた。
いい加減で、どこか抜けていて、母のふくの尻に敷かれっぱなしの父親。
 しかし、そんな彼でも早苗の事は心配してくれる。
 急に彼女は実家の家族が恋しく思った。
 
 平兵衛は彼女のその寂しげな遠い眼に気付くと、膝をポンと打った。 

「さてと、だいぶ遅くなっちまったな。どうします? 水戸様のお屋敷はちと遠いですが」

 早苗は何も迷うことなく、自力で帰るつもりだった。
 
「大丈夫です」

 そう言って男に変わり立ち上がろうとした。
が、溺れて身体が冷えたせいか、めまいに襲われふらつき、立ち上がれなかった。

「……ほら、無理しない方が良い」

「しかし……」

 尚も無理しようとする彼女を平兵衛は止めた。

「いいから、今晩は俺ん家に泊まってくだせぇ。ここから近ぇから、そこでゆっくり休んで。ね?」

 事実、立ち上がれないのに、歩いて帰るなど無理だった。
早苗は平兵衛の言葉に甘えることにした。

「すみません…… では、一晩、よろしくお願いします」





 早苗は大人しく彼に背負われ、彼の家へと向かった。
その途中、彼は一つだけ頼みごとをした。

「早苗さん。頼みがあるんですが……」

「なんですか?」

 平兵衛は申し訳なさそうに頼みごとの内容を伝えた。

「俺の家で、さっきのお侍さまには化けないでくれませんかねぇ?」

 体調不良と精神疲労の早苗。勝手に変わるかもしれない。
念のため、確認した。

「……町人風体にもなれますが、それもダメですか?」

「え? 町人!? もっとヤバいなそれは……」

 侍の格之進はともかく、町人の格さんまでダメという。
 早苗はその理由にすぐに気がついた。
 普通ではありえない変身。それを怖がったり、気持ち悪がったりする人は少なからずいた。
それなのだとわかった早苗は、素直に従うことにした。
 しかし、平兵衛は慌てて早苗に説明し始めた。

「あ、気分害さないでくださいね。変だとか、怖いとか、そういうんじゃないんで」

「では……?」

 それ以外の理由。思い当たる節が無いので、早苗は気になった。

「さっきのお侍さま…… そういえば、名前有るんですかい?」

「格之進です。格で構いません」

「格さんか。良い名前だ。ぴったりだな」

 ますます理由が解らない早苗は首を傾げた。
しかし、すぐに平兵衛から答えが返って来た。

「その、格さんがねぇ…… イイ男すぎるんですよ」

「へ?」
 
 早苗は耳を疑った。
しかし、平兵衛は続けた。

「男の俺から見ても、男前で背が高くてイイ男だった」

「……へ?」

「で、早苗さんと話してみて、真面目で一途ってわかった」

「……は?」

「そんな外身も中身もイイ男に、娘が惚れられちまったら、困るんですよ。本当の男なら良いんですがね。早苗さん、困るでしょう?」

 結局、平兵衛は自分の娘の心配をしていた。
父親として当然のことだった。

「はい! 困ります!」

 早苗は惚れられるなどまっぴら御免と、力強く返事した。





 平兵衛の家に着いた。

「今けぇったぜ」

 彼がそう声を掛けると、中から若い男が二人出てきた。
平兵衛の弟子だった。
 
「あ、親方、お帰りなさい」

「お帰りなさいまし。お嬢さん。親方帰って来ましたよ」

 すると中から娘が駈け出してきた。

「おとっつぁん! 一体こんな時間まで何してたんだよ!? 心配した…… あ、その子どうしたの?」

 彼女は父親の背中におぶわれてる早苗に気がついた。
平兵衛は彼女に説明した。

「具合が悪くてよ。一晩泊まらせる。いいな?」

 早苗は、その娘に会釈した。

「すみません。お世話になります」

 彼女はすぐに早苗を平兵衛の背中から降ろすと、父親に向かって言い放った。

「おとっつぁん、この方に変なことしなかったでしょうね!?」

 平兵衛は娘に怒鳴りつけた。

「バカ野郎! そんなこと言ってねぇで、早く何か食うもんと茶出せ!」

 娘はすぐに父親の言葉に従った。
余計なひと言が付いていたが。

「わかりました! ……ガミガミ親父」

 そんなこと知ってか知らずか、平兵衛は若い男二人に指示を出していた。

「おぅ、客人用の布団出してきてくれ。おい、風呂熱くしてくれ」

「はい」

「へい。ただいま」

 言うとおりに仕事をこなす男二人を満足そうに見た平兵衛は、早苗の方を向いた。
 
「早苗さん、まずは風呂…… おい、お艶、何してんだ」
 
 早苗の隣には、平兵衛の娘お艶がいた。 
彼女は父親が連れてきた早苗に興味津々だった。

「え? じゃあ、わたしと同い年? じゃあ、早苗ちゃんって呼んでいい? わたしの事はお艶でいいから」

 友達を見つけたという感じのお艶は、楽しそうに会話していた。

「お艶ちゃん。お父様に助けて貰いました。ありがとうございます」

「お父様だなんて…… そんなカッコいいもんじゃないよ」

 平兵衛は咳払いし、娘を制した。