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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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 次の日、早苗は弥七を呼び出した。

「……連れていって欲しいところがあるんだ」

 少しの後、早苗はある屋敷の屋根裏に居た。
そこは南部坂(*1)の屋敷。剃髪して瑤泉院(*2)と名を改めた阿久里の住いであった。
 彼女は夫の菩提を弔う日々を過ごしていた。
 早苗がここに来た理由は二つあった。
一つは密命の遂行、もうひとつは、遺された妻の心情を知ること。
 早苗の眼には、一人で静かに手を合わせる瑤泉院の姿が映っていた。

「もうじき秋です。一昨年は、共に紅葉を愛でましたね……」

 寂しげな笑顔で亡き夫に語りかけていた。

「桜も、紅葉も、雪も、もっともっと共に愛でとうございました……」

 つと、涙が瑤泉院の頬をつたった。

「殿……」

 早苗はその姿に涙した。
そして、己の望み。助三郎に女として会いたい、側に居たいという望みは贅沢だと思い知った。
 相手が生きていさえすれば、逢える。側にいられる。それがどんな形であろうと。
 心なしか、身体が軽くなったように感じていた。

 しばらくすると、瑤泉院の部屋に侍女がやってきた。

「瑤泉院さま、文にございます」

 瑤泉院はそっと涙を拭うと、文を受け取った。
それを一通り読んだ彼女の顔が晴れた。
 そして亡き夫に語りかけた。

「殿、お喜びくださいませ。内蔵助から文が参りました。近々、殿にご挨拶に参るそうで……」

 早苗は頭を切り替え、情報を逐一聞き取り書きとめた。
大事な情報だった。
 
 瑤泉院はその後、控えている戸田局(*3)と話し始めた。

「戸田……」

「はい」

「時折、思うのです。わたくしが、あの時吉良さまを拒んでいなければ、殿は今生きてらっしゃったのではないかと……」

 瑤泉院は横恋慕した吉良をきっぱり断った。
 愛する人に、自分の愛を示すため。
しかし、吉良はそれを理由に夫を苛め、追い詰めた。
 結果、瑤泉院は愛する人を失った。
 そう思い詰める彼女は日々鬱々と過ごしていた。

 戸田局は主の取った行為を正当化した。

「いいえ、瑤泉院さまは正しい道を取られたのです。悪いは、すべて吉良さまにございます」

「ほんに、そうであろうか?」

「はい。いつか必ず、殿の御無念晴らす日が参ります……」

 瑤泉院は手の内にある書状に目を落とした。
少し晴れた表情で、彼女は頼みの男の名を呟いた。

「内蔵助……」

 
 その後、早苗は迎えに来た弥七と共に邸の屋根裏から外に出た。
弥七は、情報を入手できたことに満足げだった。

「格さん、これから忙しくなりますぜ。大石様が江戸に来るってことは、助さんもきっと……」

 早苗は彼の話を聞いていなかった。
 助三郎が帰ってくる前に、己の始末をつけようと心を決めていた。
 これからの仕事をしっかり遂行するためにも。

「弥七、しばらく本業が忙しくなるんだが、こっちの仕事完全に任せてもいいか?」

「へぃ。お任せを…… あ、格さん」

「なんだ?」

 弥七は気に掛っていたことをとうとう口にした。

「……本当に、大丈夫ですかい? もし早苗さんになんかあったら、助さんに殺されちまう」

 弥七も、助三郎のことを知らない。
そう早苗は合点した。

「心配するな。次会うときは、もっと元気になってるから」

 弥七は、無理に笑顔をつくっている彼女のその言葉を信じたかったが、無性にイヤな予感がした。
しかし、それ以上何も聞かずその場から消えた。

 一人になった早苗は大きく深呼吸した。
もう溜息は出なかった。

「よし! 思い立ったが吉日。準備だ準備!」

 早苗はもう泣かなかった。振り向きもしなかった。
スッキリとした顔で、歩き出した。
 



 数日後の夜遅く、早苗はお夏を呼び出した。
 
「……俺の味方だよな?」

 にっこり笑って、そう言った。





 その年初めての木枯らしが吹いた朝、門前に旅装の男が立っていた。
 彼は懐から小さな包みを取り出した。
その中から出てきたものは、玉簪。
 玉に白い花が散らしてある上品な一品。
 彼はそれを手に微笑んだ。
それを受け取る人の優しい笑顔を思い浮かべて……
 彼は玄関の引戸を開け、家の中に入った。
 




「どこだ? 早苗……」

 助三郎はもぬけの殻の役宅の中で、愕然と立ち尽くした。
早苗への贈り物の簪が入った包が、彼の手をすり抜けて畳に落ちた。





二章 松帆の浦…


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(*1)南部坂《なんぶざか》
現在の東京都港区赤坂6丁目と六本木2丁目の間

(*2)瑤泉院《ようぜいいん・ようぜんいん》
浅野内匠頭の正室、阿久里の仏門に帰依した際の名。
最初は寿昌院だったが、五代将軍綱吉生母の桂昌院と名前が被るためこの名前に。

(*3)戸田局《とだのつぼね》
瑤泉院に仕える女性。後々あの名シーンに登場予定!?