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凌霄花 《第二章 松帆の浦…》

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その前に立つ男は、忌々しげに話を続けた。

「お一人で住むのではないようだ…… ご長男様だけならまだしも……」

 すると、安兵衛は手に持った酒樽に直接口をつけ酒を煽った。
そして忌々しげに吐き捨てた。

「一体あのお方は何を考えている? あの日、あの場所で誓ったことは嘘か?」

「……声がでかい! ……まぁ、臆したんだろう。あの方なら、仕官の道はいくらでもあるだろうしな」

 この赤穂藩士の話を聞こうと、早苗は必死に聞き耳を立てた。
だが、位置が悪かった。風向きの加減でほとんど聞こえ無かった。
 必死になるあまり、彼女は自身の危険を考えていなかった。

「やはり昼行灯は昼行灯か。クソっ」

「お前もなぁ、急ぎだと思うがなぁ。いきなり突撃しても失敗する可能性のほうが高い」

「だが……」


 彼らの会話が聞こえない早苗は必死に耳をそばだてた。
しかし、その時運悪くある物が彼女に近寄ってきた。
 猫だった。

 ほとんどの動物が格之進の姿を嫌う。
その猫も一緒だった。
 トコトコと可愛らしく早苗の前を横切ると思いきや……
 突然大声を上げた。

「ニャー!」

 背を弓なりにし、毛を逆立て歯をむき出し早苗に向かって威嚇し始めた。
驚いた彼女だったが、声を押し殺し猫が立ち去るのを待とうとした。
 しかし、恐ろしいことが彼女の身に迫っていた。

 町人風体の男が、猫の妙な威嚇と人の気配に気付いた。
 
「……誰かいるぞ!」

 その言葉で、安兵衛は腰の刀に手を伸ばし、鯉口を切った。
そして猫が唸る方向に向かって、彼は走り出した。

「誰だ!?」

 彼は刀を抜き払っていた。

「居たか!?」



 彼の刀の先には、誰もいなかった。





 早苗は凄まじい力で、赤穂藩士二人に見つからない場所に引き摺りこまれていた。
突然背後から口を手で塞がれ、驚いた彼女はもがいた。
 しかし、耳元に聞こえた男の声で大人しくなった。

「俺だ。……静かにしろ!」

 羽織袴姿の助三郎だった。

 それから暫く二人は身を潜めていた。
しかし、彼らを探す男の姿はついぞ現れなかった。
 安全とわかった早苗は息を吐くと、笑って助三郎を見た。

「ふぅ…… 危ない危な……」

 その顔はひどく険しかった。

「……助さん?」

 彼は早苗に詰め寄った。

「なんであんな危ないことするんだ!?」

「……え?」

「あの人は気が立ってる! 赤穂関係者は皆そうだ! 今後勝手に危ないことするな! いいな!?」

 一気にまくし立てた助三郎だったが、早苗は彼のその怒りに違和感を感じた。

「助さん」

「なんだ、早苗……」

 彼女の予感は当たった。
彼は自分を『早苗』と呼んだ。

「まただ。俺との約束、忘れたな」

「約束? なにが?」

 まだ気が立っている助三郎はぶっきらぼうに早苗に言った。

「今の俺を、女として見るんじゃない。何度も言ってるだろ?」

 その言葉を聞いた助三郎の顔に、動揺の色が見えた。
しかし、早苗は構わず続けた。

「これは仕事だ。俺はお前の同僚だ。私情を挟むんじゃない」

 助三郎は項垂れ、苦しげに呟いた。

「すまん…… クソッ!」

 彼は握りこぶしを壁に叩き付けた。

「あ、そんなところに…… 棘刺さったらどうするんだ?」
 
 彼の握りこぶしをそっと取り、怪我がないか調べようとした。
しかし、気が立っていると見える助三郎は彼女の手を退けた。

「大丈夫だ。なんともない」

 そんな彼が気がかりの早苗は彼に問いかけた。

「……なぁ、イライラしてるみたいだが、どうした?」

 彼はその質問に答えなかった。

「すまん。心配するな。悪いが、ちょっと遅くなる…… 晩飯までには帰る」

 そう言って彼はその場を後にした。




 早苗はお孝を待たせてある茶店に急いだ。
すでに日が傾き、綺麗な夕焼け空だった。
 一人で茶を飲んでいたと見える彼女を呼び、岐路に着いた。

「遅くなったから送るよ。この格好なら、絶対安全だ」

 変わり身はこういうときにも役に立つ。
一番の護身術だった。

「格さんね。やった!」

 なぜかお孝は喜んだ。
それが不思議な早苗は、首をかしげた。

「へ? なにが『やった』なんだ?」

 すると、彼女は言った。

「新助さん、焼き餅妬いてくれるから」

「……は? 焼き餅?」

 すると、彼女は不敵な笑みを浮かた。

「男の人を焦らすのも、一つの手ですよ」

 彼女は、過去に新助以外の男と付き合ったことが有った。
男は助三郎しか知らない早苗より、遥かに知識も技術も有った。

「ふぅん…… 焦らす、か……」


 早苗が帰宅して少し経ったころ、助三郎も帰宅した。
少しの疲れは見えたものの、先ほどとは打って変わっていつもの明るい彼だった。
 そんな彼と二人で夕餉を囲み、話をした。

「由紀さん、元気だったか?」

「うん。慶ちゃんね、また大きくなったの」

 彼女は由紀の家で彼女の息子と楽しく過ごした。
しかし、彼が由紀のことを『ははうえ』と呼ぶと、胸の奥が締め付けられた。
 自分をそう呼んでくれる子どもがほしい。そう改めて思った。

「そうか。また遊びに行きたいなぁ……」

 助三郎はうらやましそうにそう言った。
早苗はきっかけを見つけた。自分たちの『子ども』の話をする機会。
 
「でね。由紀はそろそろ二人目が欲しいんだって」

 すると、彼の食事をする手が止まった。

「二人目……」

 そこで早苗は一か八か打って出た。

「でね、助三郎さま。あのね……」

 せっかく出した彼女の勇気だったが、夫によって萎えてしまった。
彼は突然話題を変えた。

「早苗。明日は仕事だが、お夏に朝餉と弁当の支度頼んだか?」

「え? うん……」


 その日も結局、何事もなく夫婦は眠りについた。
 




 次の日の昼、二人は職場である上屋敷の庭で弁当をつついていた。
早苗は昨晩の自分を反省し、どうやったら夫に自分の意思を伝えられるのか、どうやったら彼がその気になるのか、ぼんやりと考えていた。
 そうこうするうちに、弁当はすっかり食べられてしまっていた。

「あ! お前、俺の分まで食べたな!?」

 早苗が食って掛かると、助三郎は飄々として言った。

「だってボーっとしてるからだ。腹が減っては戦は出来ぬってね」

 ニヤッとしてそう言った彼に、早苗は小ばかにした表情を向けた。

「なにが戦だ。うたた寝ばっかしてたのはどこのどいつだ?」

 しかし、のれんに腕押し。
彼は平気で口からでまかせを言ってのけた。

「さぁ…… 一心不乱に書き物していたんで、そんなやつ眼に入らなかった」

 早苗は戦術を変えた。
彼から視線を逸らし、緑豊かな庭に眼をやった。

「はぁ、お前はずっと変わらないな……」

「それは褒め言葉か?」

 早苗は自分の話に彼を引き込もうと彼を挑発した。

「貶してるんだよ。ガキのまんまで、進歩がちっともないからな」

 まんまと彼は引っかかった。
不機嫌そうに口答えをした。

「俺はガキじゃない!」

 すぐさま早苗は独り言。